賃上げで消費者の購買力が増えるとは限らない理由
インフレの原因として「値上げは悪」という考えが改まったこととともに、もう一つ「賃金上昇」が挙げられます。賃上げによる人件費増加が価格に転嫁され、賃金と物価が相互刺激的な上昇を遂げたのです。
ここで、日本の一人あたり賃金を示す最も代表的な指標である毎月勤労統計を確認してみましょう(図表3-7)。
グラフを見れば一目瞭然、基本給に相当する概念である所定内給与は現在3%程度、1990年代前半と同程度の伸び率に高まっています。日本では1990年代後半以降、マイナス圏で推移することが多く、賃金は上がらないものという常識が定着しつつあった中で、2023年から目を覚ましたかのように上昇しています。
賃金上昇の背景としては、好調な企業収益、物価上昇、人手不足による人材争奪戦など複合的要因があります。こうした背景もあって、消費者物価は日銀の目標である2%を大幅に超過しています。
ここで「賃金上昇が理由の物価上昇なら大歓迎、どんどん加速させよう!」という考えもあるでしょう。20年も30年も停滞していた賃金を一気に取り戻せるかもしれません。ですが、そう簡単にはいきません。賃上げが全てを解決するには至らないからです。
賃上げは、労働者の表面的な所得を増加させますが、必ずしも消費者の購買力が増えるとは限りません。賃金上昇率が高まれば、企業はコスト増をあらゆるモノの価格に上乗せする必要があるので、物価が同程度、あるいはそれ以上に上昇する可能性もあり、実質的な生活水準が向上するとは限らないのです。
賃金上昇率がインフレ率を下回れば、物価上昇を加味した実質賃金は減少し、賃上げにもかかわらず人々の購買力はむしろ減少してしまいます。
