2011年の東日本大震災時、為替市場では「生保・損保が巨額の保険金支払いで外貨資産を売却する」との観測から、実際には起きていない円転期待が広がり、円が急騰しました。本記事では、石川久美子氏『円安はいつまで続くのか 為替で世界を読む』 (マイナビ新書) から、大災害時における為替および日本の政治と為替の関係についてご紹介します。

日本の政治は為替にどう影響する?

日本の政治イベントが外国為替市場に直接影響する機会についてはよく聞かれますが、それほど多くありません。ただ、全くないわけでもありません。

 

投機筋の最も注目するところである物価・金利をつかさどる日銀には「独立性」があり、基本的には政府が積極的に政策決定に介入する部分ではありません。「為替介入」については決定権が政府にありますが、これは為替の変動が実体経済からかけ離れた動きをした際に使用を限定された「伝家の宝刀」であるため、極端な値動きをしている場面以外でこれが意識されることはあまりありません。

 

他方、政府は財政政策によって経済を刺激したり引き締めたりすることはできます。支出規模が過剰であれば財政赤字拡大が信用リスクにまで繋がる要因ではありますし、適切な刺激であれば日本株には追い風になりますが、外国為替相場的には、よほど極端な状況でない限り、株や債券の反応を挟んだ「間接的なもの」にとどまります。

 

ただし、外国為替相場を日々動かしている主役は投機筋であり、結局のところ、政治的な事案について「投機筋が積極的に為替と結び付けて考えるかどうか」が、短期的に政治による為替への影響度合いに関わってきます。

 

政治イベントとして最も大きいのは総選挙です。これについては、選挙前後で同じ政権が維持される場合には、円相場で積極的に材料視される様子はあまり見られません。というのも、前政権の政策がそのまま継続となる公算が大きいためです。他方、選挙によって国家の財政・金融政策が大きく転換する、という可能性が意識される場面では、投機筋としてそれを手掛かりにした新規の取引がしやすい、という側面があると考えられます。

 

最近の例だと、2024年9月27日に行われた自民党総裁選の前後では、日本の政局を手掛かりとしたドル円の値動きが活性化しました。このとき、自民党総裁の有力候補だった高市早苗氏が、この年の3月から利上げフェーズに入っていた日銀に対し、「金利を今上げるのはアホやと思う」とコメントしたことで、同氏が当選すれば日銀は利上げが困難になるのでは、との観測が広がり、円安が進む様子が見られました。

 

ただ総裁選では、石破茂氏が選出される結果となりました。石破氏はかねてより、財政について緊縮的な考えで、日銀の金融政策運営については独立性を尊重する姿勢を示していたことから反動で円高が進行。もっとも、その後、石破氏が日銀の利上げに対して「今はすべきでない」と発言すると今度は円安に転じるなど、このときは二転三転しました。

 

また、遡ると2012年11月、衆議院解散の際には民主党政権が敗北し、自民党政権が復活するだろうという観測が広がる中、当時の自民党総裁だった安倍晋三氏が財政刺激的な政策を行うだろうとの期待が広がり、株高・円安が進んだということもありました。安倍氏が首相に返り咲いた後、第31代日銀総裁に指名された黒田東彦氏がリフレ派であり、大規模な金融緩和策を打ち出していく中で、この円安は継続的なものとなりました。

 

なお、日本の政治が外国為替市場に影響する度合いがある程度限られる一方、米国の政治は特にトランプ政権下では頻繁に材料視されており、これについて「日本の政治がふがいないからではないか」というように思われる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、「自国の政治よりも米国の政治要因の方が頻繁に対ドルの自国通貨相場を動かしている」という状況は、ほとんどの通貨で起こっている現象です。

 

世界最大の経済大国で、基軸通貨のドルはほとんど常に外国為替相場の「主役」であり、相対的に自国の政治が通貨ペアに作用する効果が小さくなってしまうのは、ある種仕方のない現象と言えそうです。

 

石川 久美子
ソニーフィナンシャルグループ株式会社 金融市場調査部
シニアアナリスト

 

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本連載は、石川久美子氏『円安はいつまで続くのか 為替で世界を読む』 (マイナビ新書) から一部を抜粋、再編集したものです。

円安はいつまで続くのか

円安はいつまで続くのか

石川 久美子

マイナビ出版

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