本連載は、日本・ニューヨーク・香港という3つの地域で弁護士資格を持ち、中小企業の海外展開について豊富な支援実績を持つ国際弁護士、絹川恭久氏の著書、『国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと』(レクシスネクシス・ジャパン)の中から一部を抜粋し、法務部や顧問弁護士を擁しない中小企業経営層に対して、「海外進出時の基礎的な法知識」を分かりやすく解説します。

海外に物を売る場合、代金の回収が最も重要だが…

それではまず、下記の流れのうち、①単発の契約の事例から始めましょう。

 

①単発の契約→②継続的な契約→③合弁会社設立→④独資子会社設立

 

筆者が業務でよく遭遇するのは機械や衣服など製造物の輸出入契約です。輸出入契約は、取引の対象となる製品が在庫品か注文製造物か、高価か安価か、製造工程が容易か複雑かで、関わってくるリスクの大きさや回避の方法が異なります。売る側に立つ場合、リスク回避としては、言うまでもなく、代金の回収が一番重要となります。

納品直前に求められた、突然の仕様変更

YM社は、自社独自の技術を使って精密機械を製造・販売する群馬県にあるメーカーです。これまで欧米の企業向けに何度か自社製品の輸出取引をしたことがありましたが、今回台湾企業(T社)から初めて発注を受けました。

 

製品は介護施設で利用する高齢者向けの検査機器で、T社が指定する特別の仕様に従い500台(5000万円相当)という大量の機器の製造・輸出する注文を受けました。

 

T社とは初めての取引でしたが、調査したところ台湾で介護施設向け設備の卸業を展開する著名企業と聞いていましたので、今回の大型取引を受けても支払能力に問題ないだろうと判断し、注文を受けることにしました。

 

納期は発注から4か月後の4月30日と定められていました。T社によると特注の精密機器の輸入については関連当局の認可を受けてから通関しなければならないため、通関までに時間を要する可能性がありました。

 

そこで、認可取得が4月30日よりも後になった場合を見越して、「納期は4月30日とする。ただし、通関の状況に応じて納期の変更についてT社が協議を申し出ることができる」と契約の規定で定められていました。

 

YM社は4月中旬までに台湾側の指定する仕様に基づいて無事500台すべての製品を完成させ、納品の準備をしておりました。

 

ところが、台湾側が突如、この検査機器が介護施設側の要求する仕様に合わないことを理由に当初指定の仕様を大幅に変更することを求めてきました。また、通関のために必要な当局の認可は4月30日より若干遅れて5月5日に取得できました。

 

ところが、T社は先の「ただし、通関の状況に応じて納期の変更について協議を申し出ることができる」という規定を盾にとってきました。YM社が製品の完成を通知して、代金の支払いを請求したところ、こともあろうにT社は製品の引取りと代金支払期日が合意されるまで支払う義務はない、として代金の支払いを拒否してきました。

 

売主側のYM社としては、「たとえ4月30日より遅れたとしても、認可が取れたら、それから遅くない時期には納品して支払いを受けられるはずだろう」と考えておりました。

 

恐らく裁判や仲裁(※)になったとしても契約規定を合理的に解釈してYM社の主張が認められ、T社は代金を支払うべきであると判断されるような状況でした。しかしながら、後で述べるように、ことはそう簡単には運びませんでした。

 

(※)仲裁とは、国の機関である裁判所ではなく、民間人である第三者に紛争解決の指揮と判断を委ねる手続のことを言います。その判断には裁判と同等の効果が発生し、仲裁の判断をもって負けた側の財産を差押えすることもできます。

 

この話は次回に続きます。

国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと

国際弁護士が教える海外進出 やっていいこと、ダメなこと

絹川 恭久

レクシスネクシス・ジャパン

中小企業が海外展開を進めようとするとき、難関となるのは「進出しようとする対象国の現地法に基づいた、自社事業の法的整備」、そして「信頼できる提携先・アドバイザーの確保」です。しかし、国内にある公的な海外展開支援機…

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