企業価値最大化経営の司令塔「企業価値」
企業価値とは「企業全体の総合的価値」だ。評価対象企業が継続することを前提とした場合の企業価値は、市場参加者のコンセンサスを根拠に評価するマーケットアプローチと将来創出される価値を根拠に評価するインカムアプローチで算定される。
そして、評価対象企業が清算されることを前提とした場合の企業価値は、企業の再調達原価(コスト)に着目し、過去の純資産・負債・資産・利益を根拠に評価するコストアプローチ(ネットアセットアプローチ)を通じ算定される。
継続企業の評価では、マーケットアプローチであり、事業・財務面で類似する企業を複数選定し自社の財務情報(当期純利益、金利支払い前・税金支払い前・有形固定資産の減価償却費および無形固定資産の償却費控除前利益等)と整合した類似企業の評価倍率(PER、EV/EBITDA倍率等)を乗じることで、企業価値を算出する類似企業比較法(トレーディング・コンプス、コンプスと呼ばれる)と、取引当事者の事業・財務面のプロファイルや取引ストラクチャーが類似する類似取引を複数選定し、自社の財務情報と整合した類似取引の評価倍率を乗じることで企業価値を算出する類似取引比較法(トランザクション・コンプスと呼ばれる)、インカムアプローチであり当該企業や事業が将来創出するFCFの現在価値の総和に非事業資産を加算することで企業価値を算出するDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)の3つが実務上多く使用され、これらの手法を通じ算出された企業価値を参考に目標企業価値を算定していく。
清算企業の評価では、コストアプローチであり時価や簿価の純資産(株主価値)に純有利子負債、非支配株主持分、新株予約権、種類株式の時価を足すことで企業価値を算出する純資産法が使用される。
ここでいう企業価値、すなわち、企業全体の総合的価値には、オフバランス化された見えない資産(人的資本・ブランド資本・サステナビリティ貢献・ESG活動・レスポンシブルビジネス活動・AI等の最新テクノロジーおよびDX対応度等)や企業の将来的な超過収益力を反映した無形の営業資産であるのれん等の非財務価値も織り込まれ、企業を取り巻く多種多様なステークホルダーの期待と思想が反映された(仮に企業価値に織り込まれていないと考えられる非財務価値が存在する場合でも、測定できないものは評価も管理もできないため企業価値に織り込むには定量的な紐付けが必要)現在価値と未来価値の総和だ。
企業価値最大化経営では、企業価値を司令塔とし、目標企業価値を実現するための計画策定、その実現を目指したリーダーシップ(約束した結果に導く力)と実行力を発揮し目標企業価値を実現していく。
企業価値は、バリュエーション(企業や事業、その他投資対象の価値評価や経済性評価を行い算定するまでの一連のプロセス全般)を通じ算定され、企業価値最大化経営におけるバリュエーションプロセスは、①厳格なセルフデュー・ディリジェンス(DD)を実施しフルポテンシャルを算定する、②CEOが野心的な挑戦と信念を伴う目標企業価値を決断する、③逆算思考で適切なリスクを伴う中期経営計画を策定する、④CEOが中期経営計画を決断・コミットメントするの4つのプロセスを経る。
企業価値のバリュエーションは、株式市場やM&A市場等において、CEO、株主、取締役会、フェアネス・オピニオンプロバイダー、投資家、裁判所、コンサルタント、証券アナリスト等により、企業価値最大化経営目的、M&A等の取引目的、財産処分目的、上場企業による買収防衛策目的、裁判目的等にて実施される。
そして、評価主体の属性や目的に応じ、価値は一物一価ではなく一物多価となる。これは、評価主体により評価対象となる企業や事業が将来創出するであろうFCFや当該FCFを現在価値に割り引く際に使用する期待収益率が異なり、目的によっても使用される評価手法が異なるために生じる。
この点が、企業価値のバリュエーションは、サイエンスだけでは完結できずアートの要素を多分に含むといわれる所以だ。なお、企業価値・バリュエーションともに、日本の株式市場やM&A市場等だけで使用される言語や方法ではなく、全世界共通の言語や方法である。
澤 拓磨
株式会社TS&Co.創業者兼代表取締役グループCEO
経営変革プロフェッショナル
※本記事は『企業価値最大化経営』(日経BP 日本経済新聞出版)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。