50代女性、母親を介護施設に入れて
「もう、限界でした…」
固く唇をかみしめてうつむくのは、50代の山田さん(仮名)だ。父に先立たれた80代の母が認知症となり、老人ホームに入居させたという。
山田さんは3人きょうだいで、姉と弟に挟まれた二女。姉は遠方に暮らすため介護が難しく、弟は仕事で多忙のため対応できないという。成り行きで独身の山田さんが母親の面倒を見ることになったのだが、認知症が進行するにつれ、徘徊して近隣住民に送り届けられる、警察に保護されるといったことが増えてきた。
「普通の会社員ではとても介護にかかりきりになれず、姉と弟にSOSを送ったのですが…」
姉や弟の対応は、山田さんの罪悪感をあおるものだった。
「姉は〈お母さんがかわいそう、あなたがしっかりして〉といって私を責め、弟は〈お母さん、どうしてこんなことになったんだろう〉というばかりで…。2人からは〈私のケアが足りない〉という、無言の圧を感じていました」
しかし、山田さんも普通の会社員であり、自身の人生設計もある。
会社の先輩が、山田さんの疲れ果てた様子を見かねて声をかけた。山田さんが状況を打ち明けると、すでに両親を見送ったというその先輩は「何やってるの! あなたが倒れてしまうわよ!」と山田さんを叱責した。
「先輩とケアマネージャーのアドバイスで、母を介護付き有料老人ホームに入居させたのです」
山田さんは心底ほっとしたという。
「寂しかったかどうか? いいえ。そんなことは思いませんでした」
山田さんの母親は、認知症の症状は出ていたが、暴言暴力等はほとんどなかったというが、ホームへの入所のときは、嫌がって声を上げ、泣き叫んでいたという。
しかし、そんな母親の様子を見ても、山田さんの気持ちはほとんど動かなかった。それだけ疲弊していたということだろう。
「しかし、腹が立つのは姉と弟ですよ…」
母親を入所させると決めたときも、入所当日も、姉と弟は顔を見せなかった。しかし、姉はその後、頻繁に山田さんのところに電話をかけてきて「お母さん、かわいそう…」と泣くという。
「あんまり腹が立ったので、この間は途中で電話を切りました」
弟は費用の話を聞いては「お姉ちゃん、大変だよね。僕も払うよ」というものの、いちども払われたことはないという。
「まあ、弟にどうにかしてもらわなくても、母の年金と貯金で大丈夫ですけどね…」
「介護への理解」は、介護者だけでなく…
日本は驚異的な速度で高齢化が進んでいる。2023年には高齢化率29.1%となったが、今後もさらに、2040年には35%、2055年には38%に至るとの推計もある。
高齢化の進展に伴い、山田さんの母親のように、認知症になる患者も増加している。『日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究』による推計では、65歳以上の認知症患者数は、各年齢の認知症有病率が一定の場合、2025年には約675万人、有病率18.5%と、高齢者5.4人に1人ほどが認知症になると予測されている。
そこで問題になるのが「介護」だが、厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』によると、介護が必要となった主な原因の最多は「認知症」で16.6%、次に「脳血管疾患(脳卒中)」で16.1%、以降、「骨折・転倒」13.9%、「高齢による衰弱」13.2%、「関節疾患」10.2%と続く。
在宅で介護をする場合、介護者として最多となるのは「配偶者」であり(全体の22.9%)、以降、「同居する子」(16.2%)、「事業者」(15.7%)と続く。また、「女性」が68.9%と圧倒的に多く、同居する主な介護者の年齢をみると、最多は「60代」(29.1%)、次いで「70代」(28.5%)、「80代以上」(18.4%)、「50代」(17.2%)となっている。
認知症患者の介護は家族でも大変だといわれる。ときには徘徊や暴力なども見られ、介護者も疲弊する。かといって体力が衰えると、食事をはじめ、風呂やトイレといった日常のすべてにサポートが必要だ。いずれにしろ体力を消耗することになる。
アクサ生命『介護に関する親と子の意識調査2019』によると、「もし子どもに介護施設での介護を提案されたら」との問いに対し、83.2%が「自宅や家族と離れるのは寂しい」としながらも、82.6%が「仕方がない」と回答している。
家族間の協力や理解が得られないと、介護者に余計なストレスがかかり、介護はさらに孤独で苛酷なものとなる。にほんはまさに「大介護時代」だ。いま介護にかかわっている人だけでなく、すべての人に「介護」というものへの理解が必要だといえる。
[参考資料]
LIFULL senior『介護施設入居に関する実態調査 2023年度』
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