1本の電話から知った、音信不通だった夫の死
今回の相談者は、60歳の会社員の佐藤さんです。亡くなった夫の相続でトラブルが起きたので相談したいと、筆者の事務所に訪れました。
お話を聞くと、なんと佐藤さんはここ15年ほど一度も夫と会っておらず、亡くなったことを人づてに聞かされたということでした。
「知らない男性から、突然自宅に電話があり、主人が亡くなったとの知らせを受けました」
電話の相手は、夫が同居していた相手女性の息子でした。
佐藤さんと夫は職場結婚で、同じ会社の先輩後輩の関係でした。佐藤さんは結婚退職し、専業主婦となりました。その後しばらくして長男も生まれました。
「夫は息子が10歳になったころ、だんだん自宅に寄り付かなくなりました。その後、夫は職場のパート従業員で、年上のシングルマザーの方と付き合っていることがわかりました」
最初のうちは、佐藤さんも何とかして自宅に戻ってもらおうと必死で働きかけましたが、膠着状態に。最終手段として、佐藤さんの元上司だった部長に直接掛け合ったことから夫が激怒。会社でも問題が広く知られることになり、夫は退職に追い込まれました。それが原因で佐藤さん夫婦には修復不可能な亀裂が入り、以来、連絡も生活費の振り込みも途絶えたといいます。
「お恥ずかしい話ですが、かつての勤務先を巻き込んだことで、転職した仲のいい先輩に近況が伝わり、先輩の紹介で再び会社員として働けることになったのです」
佐藤さんは長男を育てるために必死でしたが、母親の苦労を見ていた長男も気持ちに応え、有名大学を卒業。就職してすでに親元から独立しています。
60歳となり、嘱託社員に切り替わったことで仕事のペースがゆっくりになった佐藤さんは、今後について改めて考えなければと思っていたところ、降って湧いたように今回の問題が発生したのでした。
「抵当権の登記の抹消手続をしてもらえますか?」
「話を聞くと〈【父】の葬儀は私と母で行います。【父】のお骨もこちらのお墓に入ってもらいます〉だそうですよ。私も息子も夫のことはいないものと思って生活していましたから、〈まあ、お好きになさればいいんじゃないですか?〉とお答えしましたが…」
しかしこの電話で、佐藤さんの生活が脅かされることになります。
じつは佐藤さんは、夫が出て行ったあとも、夫名義のマンションに住み続けていました。まだ2人の間にやり取りがあったころ、夫から離婚を迫られ、マンションから出ていくようにいわれた佐藤さんでしたが、「あなたの勝手で生活を変えることはしない」「長男は絶対に転校させない」と強硬に言い張りました。そこに夫の親である舅と姑が加勢し、佐藤さんの味方についたことで、夫は勢いを失いました。
結局、子どもが独立するまでは離婚もしなければ夫名義のマンションからも出ていかないという話になり、佐藤さんと息子はこれまで通り同じマンションに住み続けることとなったのです。その後しばらくして生活費の振り込みは途絶えましたが、自分の収入を得るようになった佐藤さんは生活を変えませんでした。
「愛人の息子が言うには、夫は愛人に借金をしていたそうです。そして、それを埋めるため、私が暮らす夫名義のマンションに、死因贈与の仮登記をつけていたというのです」
死因贈与とは、贈与者の死亡によって贈与の効力が発生する契約です。
マンションを遺贈されたことで、佐藤さんが暮らすマンションは、夫の愛人の名義に変えられてしまったのです。問題はそれだけではありませんでした。
「愛人の息子は〈すでに返済が終わっている金融機関の抵当権をはずしてもらいたのですが〉というのですよ」
佐藤さんの夫は、マンションのローンを完済したあと、抵当権の抹消手続きを怠っていました。そのため、相続人の立場にある佐藤さんと長男が、この手続きを行う必要があります。
遺言書も正味財産もなく、遺留分の請求もできない…
亡夫の財産は、佐藤さんが暮らすマンションだけで、預貯金などはないようでした。しかし、そのマンションも貸付金の担保として同居女性に死因贈与されたことで、佐藤さんと長男が相続できる財産はありません。
死因贈与契約がなければ、マンションは佐藤さんと長男の相続財産ですが、生前の契約により、借入金の返済が優先されます。また、遺言書も正味財産もないため、遺留分の請求もできません。
抵当権抹消手続と引き換えに「協力金」を…
しかし、それではあんまりな話です。筆者と提携先の弁護士とで相手女性に交渉し、佐藤さんが抵当権の抹消手続きをするのと引き換えに、マンション相場の10分の1程度の現金を、協力金として佐藤さんへ払ってもらうよう、話を着地させました。
借入がなくても、抵当権がついたままでは売却に支障が出ます。そのため、協力金を払って抹消することは、相手側のメリットになるのです。
金銭のやり取りが行われるため、提携先の弁護士、司法書士を入れて、証拠となる合意書も作成しました。
後日、女性から無事に佐藤さんの口座へお金が振り込まれました。
「夫は、あの女性のそばだと心が安らぐ、家ではまったく安らげない、といっていました。どんなに素晴らしい女性なのかと嫉妬していたのですが、夫と直談判をするために相手先のマンションを訪ねたら、テーブルにはスナック菓子が出しっぱなし、床に物が散乱するひどい部屋で…。こんな生活が安らぐのかと思ったら、心底ガッカリしました。うちは息子にアレルギーがあるので、生活環境と食事にはすごく気を付けていたんです。そうですか、それではうちでは安らげませんよね、と」
「息子の病院通いや、双方の親の介護などもあり、体がいくつあっても足りないときに、こんなところに入り浸って現実逃避しているなんて、相手をするのもばからしくなって。でも、こんなことになるのなら、私も意地を張らずにサッサと切り捨てればよかったです」
挨拶に立ち寄ってくださった佐藤さんは、職場近くの単身者用のアパートへと引っ越すことになったそうです。
「息子の足かせにはなりたくないので、できる限り働きます。貯金もそれなりにありますから、老後はなんとかなるだろうと、楽観的に考えています」
そういうと、佐藤さんは笑顔で頭を下げ、事務所をあとにされました。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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