2. 過去の被相続人の生活費(扶養料)の負担の事実(被相続人と生活費を負担した相続人の収入・資力、支払日、金額、頻度等)のみならず、他の相続人(扶養義務者)の資力(余力)を証明できる証拠の有無を確認する
(1)扶養調停・審判
もう一つの方法としては、本事例の長男が、次男と三男に対して、長男が過去に払ってきた母親の生活費(扶養料)の求償請求をする、ということが考えられます。
前述のとおり、直系血族間は相互に扶養義務があるため、当事者間で扶養の方法や扶養料等についての話合いができない場合や、複数の扶養義務者のうち誰がどの程度扶養すべきかが決まらない場合には、家庭裁判所に扶養請求の調停または審判を申し立て、扶養義務の内容を定めたり、複数の扶養義務者間で扶養すべき順序を指定してもらうことができます(民878・879)。
この調停・審判では、他の相続人(扶養義務者)に対して、被相続人(扶養権利者)に対して過去に支払った生活費の求償を求めることもでき、調停がまとまらない場合は、審判において、裁判所に、各自が負担すべき金額を定めてもらうことができます(調停が不成立になった場合は、原則として自動的に審判手続が開始されます。)。
この場合、裁判所は、各相続人(扶養義務者)の資力や収入、生活費の状況等を踏まえて、どの程度の余力があるかを判断した上で、各自の負担すべき金額を決定しますので、他の相続人への求償を認めてもらうためには、寄与分で述べたのと同様の証拠資料をきちんと用意しておくほか、他の相続人にも相応の余力があることを証明できるようにしておく必要があります。
なお、扶養義務者間の協議や扶養請求調停・審判によって、具体的な扶養義務の内容や負担割合が確定していない段階では、民事訴訟によって過去の扶養料の求償請求することはできません(最判昭42・2・17判タ205・86)。
また、どのくらい過去に遡って求償できるかについては、兄弟姉妹間の扶養の事案ではありますが、定期給付債権の消滅時効が5年とされている趣旨に鑑みて(平成16年法律147号による改正前民169)、調停申立て時点から5年前に遡って認めている高裁決定が参考になります(東京高決昭61・9・10判タ637・189)。
(2)寄与分と扶養料の求償請求の関係
このように、相続人の一人が負担した被相続人の生活費を他の相続人に請求する方法としては、寄与分を主張する方法と扶養請求をする方法がありますが、この二つの関係について、大阪高裁平成15年5月22日決定(家月56・1・112)は以下のとおり述べています。
「(1)扶養義務者の一人が自己の分担義務の限度を超えて扶養義務を履行した場合、家事審判法9条1項乙類8号所定の審判(以下「扶養審判」という。)を申し立て、過去の扶養料につき他の扶養義務者に求償を求めることができる。この場合、家庭裁判所は、各扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して各人の扶養義務の分担の割合を定めることになる(最高裁判所第二小法廷昭和42年2月17日判決・民集21巻1号133頁)。
すなわち、過去の扶養料の求償権は、具体的な財産上の権利であって、扶養審判を通じて行使が可能な権利であるから、その求償権を、敢えて、具体的な財産上の権利ではない「寄与分」とみたうえで、家事審判法9条1項乙類9号の2所定の審判(以下「寄与分審判」という。)を通じて行使させる必要は原則として認められない。」
「(2)実質的に検討しても、寄与分審判を通じて過去の扶養料の求償を求めることは、必ずしも適切ではない。被相続人に生活費を渡す、…(略)…という通常の扶養は、民法904条の2所定の「その他の方法」に該当するが…(略)…、これが特別の寄与と認められるためには、この行為によって被相続人の財産が減少を免れ、相続開始時まで遺産が維持されたという関係が必要となり、この関係が認められた場合に限り、維持されたとみられる遺産の価額が寄与分として評価されるのである。
したがって、遺産総額が少ない場合には、そもそも寄与分制度を通じて過去の扶養料を回収することはできないし、寄与分審判の審理においては、一般に、過去の扶養料の求償権の有無及び金額を定める上で極めて重要な要素となる同順位扶養義務者の資力が調査されることはなく、その資力を考慮して寄与分が定められることもない。
そうすると、寄与分審判によっては、過去の扶養料の求償に関する適切な紛争解決が必ずしも保障されているとはいえないから、過去の扶養料の求償を求める場合には、原則として、扶養審判の申立てがされるべきであるといわなければならない。」
「(3)もっとも、遺産分割の機会に、遺産分割に関する紛争と過去の扶養料に関する紛争を一挙に解決するため、過去の扶養料の求償を求める趣旨で寄与分審判を申し立てることが許されないわけではなく、実務上はそのような寄与分審判の申立ても許容されている(先行審判も抗告人の寄与分審判の申立てを不適法とはしていない。)。
しかしながら、この場合であっても、寄与分の認定手法が上記(2)のとおりであることからすれば、寄与分審判と扶養審判は二者択一の関係に立つとか、寄与分審判の申立てをした以上は扶養審判の申立てが許されなくなると解すべきではない。
すなわち、過去の扶養に関して寄与分審判で何らかの判断がされたとしても、寄与分としては認定されなかった過去の扶養に関し、本来的な権利行使の手段である扶養審判が申し立てられれば、家庭裁判所は、各扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して各人の扶養義務の分担の割合を定める必要があるといわなければならない(もちろん、寄与分が認められた分についてまで、重ねて過去の扶養料の求償が許されることにならないことはいうまでもない。)。」
上記の高裁決定では、過去の扶養料の求償を求める場合には、原則として扶養審判の申立てがされるべきであるとしています。
しかしながら、遺産分割手続の中で一体的に解決できればその方が便宜であるため、実務的には、まずは遺産分割調停事件と寄与分調停・審判の申立てを行って一体的な解決を目指し、その後、寄与分審判において寄与分が認められなかった場合や、寄与分が認められたが不十分と思われる場合には、別途、他の相続人に対して、扶養料の求償のための扶養請求調停・審判を申し立てることが多いと思われます。
なお、扶養請求調停・審判を申し立てる手間を考えると、長男が母の生活費を負担するようになった段階で、兄弟間で扶養義務の負担者や負担割合の合意をしておくことが有益といえます。
3. 被相続人の生前のうちに、生命保険や遺言を活用し、事実上、過去の生活費を補填できるようにする
前述のとおり、子の親に対する扶助義務の程度は、扶養義務者である子の社会的地位、収入等に相応した生活をした上で、余力のある範囲で援助する義務(生活扶助義務)とされています。
そのため、本事例で、長男は高収入なので余力があるが、次男と三男には余力がないという場合には、長男は、次男、三男に対して、過去に支払った生活費を平等に負担してもらうことができない(結局、長男が全部または多く負担する)ということがあり得ます。
そこで、このような事態が想定される場合には、母親が健全な間に、将来の相続に備えて、母親を契約者兼被保険者、長男を受取人とする生命保険契約を締結しておき、長男が負担した生活費を生命保険金によって補填することや(ただし、生活費を払えない母親が、保険料を負担できるのかという問題があります。)、遺産となる自宅を長男が取得できるよう遺言を作成しておくといったことも検討すべきでしょう。
なお、長男が母の生活費を負担する際に、長男から母へ生活費相当額を貸し付けるという方法をとっている場合、長男は、母の相続発生後に、当該貸付金を相続債務として他の兄弟から回収できるので、扶養請求等の手間を省くことができます。
しかしながら、親子間の貸付けは、税務上は贈与と認定される可能性がありますし(贈与と認定されないような貸付条件については、税理士とよく相談してください。)、相続債務が法定相続割合で各相続人に分割承継されてしまう結果、資力のない相続人にも法定相続割合相当分が承継されるため、貸付方式の方が得策かどうかは、よく検討する必要があります。
〈執筆〉
大畑敦子
オリゾン法律事務所
弁護士
1995年3月 慶應義塾大学法学部法律学科 卒業
1999年4月 最高裁判所司法研修所 入所(第53期)
2000年10月 東京弁護士会に弁護士登録
小野孝男法律事務所(現弁護士法人小野総合法律事務所)入所
2005年~2017年 国立大学法人九州大学にて非常勤講師(財政法特別講義担当)
2011年1月 山口高行弁護士と共にエトワール総合法律事務所 設立
2011年~現在 東京地方裁判所鑑定委員(借地非訟事件)
2022年5月 オリゾン法律事務所 開設
〈編集〉
相川泰男(弁護士)
大畑敦子(弁護士)
横山宗祐(弁護士)
角田智美(弁護士)
山崎岳人(弁護士)
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