被相続人の生活費を負担した相続人の回収方法
私は、三人兄弟の長男で、母と実家で同居していました。母は実家を所有していましたが、預金がなく年金も少ないので、母の生活費の大半は、全て私が払っていました。
母が亡くなったので、これまで私が払ってきた生活費を弟たちに請求したいのですが、弟たちは、長男で母と同居していた私が全部負担するのが当然だと主張し、応じてくれません。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆遺産分割手続の中で、相続人の一人が負担した被相続人の生活費を考慮するためには、当該相続人に法定相続割合以上の遺産を取得させる必要があるが、合意が得られない可能性がある。その場合、寄与分の主張を検討する
◆相続人の一人が、他の相続人(扶養義務者)に対して、自らが負担した被相続人の生活費の求償を求めることもできるが、合意が得られない可能性がある。その場合は、扶養請求調停・審判の申立てを検討する
◆他の相続人(扶養義務者)に資力がない場合には、過去の生活費を求償できない結果になるので、被相続人の生前から、生活費の回収方法を検討、準備しておく
1. 特別な寄与の事実(被相続人と生活費を負担した相続人の収入・資力、支払日、金額、頻度等)を証明できる証拠の有無を確認する
2. 過去の被相続人の生活費(扶養料)の負担の事実(被相続人と生活費を負担した相続人の収入・資力、支払日、金額、頻度等)のみならず、他の相続人(扶養義務者)の資力(余力)を証明できる証拠の有無を確認する
3. 被相続人の生前のうちに、生命保険や遺言を活用し、事実上、過去の生活費を補填できるようにする
解説
1. 特別な寄与の事実(被相続人と生活費を負担した相続人の収入・資力、支払日、金額、頻度等)を証明できる証拠の有無を確認する
(1)扶養型の寄与分
共同相続人のうち、被相続人の財産の維持または増加について特別に寄与した者には、法定相続分の他に寄与分が認められ(民904の2)、寄与分がある相続人は、その貢献度に応じて取得する遺産の額の増額を主張することができます。
そのため、遺産分割手続の中で、相続人のうちの一名が、被相続人の生前の生活費を負担していたことを理由として、寄与分を主張することがよく見られます。
なお、寄与分にはいくつかの類型がありますが、相続人が被相続人の生活費を負担するなどして扶養した結果、被相続人が出費を免れ、財産が維持された場合を、一般に「扶養型の寄与分」と呼んでいます。
この場合、他の相続人が、生活費を負担してきた相続人の寄与分を認め、過去の生活費の額を事実上考慮した内容で遺産分割を成立させることができれば(例えば、本事例の長男が遺産の1/2を取得し、次男と三男は各1/4を取得する等)、特に問題はありませんが、他の相続人がこれに応じない場合は、遺産分割調停を申し立てた上で、寄与分を求める調停・審判を併せて申し立て、寄与分の有無やその貢献度を決める必要があります。
(2)要件
直系血族間には相互扶助義務があり(民877①)、子が自分の親に対して負う扶養義務は、扶養義務を負う者(子)の社会的地位、収入等に相応した生活をした上で余力のある範囲で援助する義務(生活扶助義務)とされます。
そのため、本事例でも、長男が、母親に対して、通常期待されている生活扶助義務を超えた扶助を行い、特別に貢献したと評価できなければ、母親の生活費を負担したことのみを理由として寄与分を認めることは困難です。
一般に、扶養型寄与分が認められるためには、以下の要件を満たすことが必要とされています。
①被相続人に扶養の必要性があること
②扶養内容が、通常期待される扶助義務の範囲を超えた、特別な貢献であること
③扶養の無償性
④扶養の継続性
そこで、遺産分割において寄与分の主張をするためには、上記の要件を立証するための証拠をきちんと残しておくことが重要です。
具体的には、被相続人の収入・資力(上記①の立証)、生活費を負担した相続人の収入・資力(上記②の立証)、支払日、金額、頻度等(上記②④の立証)等を証明できるようにしておく必要があります。
なお、生活費負担の事実を証明するために、現金交付ではなく銀行振込みを利用した方が確実でしょう。
しかしながら、一般的に寄与分の立証は困難であり、寄与分が認められないケースが多いこと、仮に寄与分が認められる場合でも、過去に払った生活費の全額が寄与分として認められるわけではないこと、また、寄与をした相続人が被相続人の所有する建物に無償で居住している場合には、家賃相当額が寄与分から減額される可能性もあるので、過去に負担した生活費等を、寄与分の制度の中で十分に評価したり事実上回収することは、一般的には困難と思われます。