3. 共同相続人全員からの通知が困難な場合には、受益相続人から債務者へ、遺産分割の内容を明らかにして承継の通知を行うことを検討する
(1)民法899条の2第2項による対抗要件具備
受益相続人が対抗要件を備えるための方法としては、受益相続人による債務者への遺言の内容または遺産分割の内容を明らかにして行う通知による方法も認められることとなりました(民899の2②)。
この場合も、債務者以外の第三者に対抗するためには確定日付のある証書によることが必要です(民467②)。受益相続人からの通知による方法が認められたのは、相続の場面においては受益相続人以外の相続人に債務者に対する通知への協力を得られない場合も多いものと考えられ、別の手段を設けておく必要性が高いことによります。
しかし、受益相続人による通知は、譲受人からの通知に相当しますので、虚偽の通知を防止するため、遺言又は遺産分割の内容を明らかにすることが要件として加重されました。
(2)遺言や遺産分割の内容を「明らかにして」行う通知
法制審議会の改正議論の中では書面の交付を要求するという提案もなされていましたが、相続人のプライバシー保護の視点から「明らかにして」という文言に変更されました。
内容を明らかにすることを要求した趣旨は、虚偽通知の防止ですので、同要件を満たすためには、遺言書または遺産分割協議書等の原本の提示、あるいは、写しを示す場合は、同一内容の原本が存在することについて疑義を生じさせない客観性のある書面であることが求められます。
具体的には、公正証書遺言であれば、公証人によって作成された遺言書の正本または謄本、自筆証書遺言であれば、その原本のほか、検認調書の謄本に添付された遺言書の写しや遺言書保管制度による遺言書情報証明書等が必要と考えられます。
遺産分割の場合も、遺産分割協議書の原本や公証人作成に係る正本または謄本、調停調書や審判書の正本または謄本等が必要と考えられます。
通常であれば必要書類を提出して払戻請求を行う中で、受益相続人は民法899条の2第2項の要件を満たすことになりますので、手続上大きな変更はないと思われますが、債権者からの差押えのおそれがあるなど、払戻手続に先立って早急に対抗要件を備える必要がある場合は注意が必要です。
第三者対抗要件である確定日付を備えるために通常用いられる配達証明付内容証明郵便には、上記のような遺産分割等の内容を明らかにする根拠資料を添付することはできませんので、通知のみで民法899条の2第2項の要件を満たすことはできません。
手続を行う金融機関に事前に連絡して通知と根拠資料双方が到達した日付を確実に記録してもらう方法(窓口への持参、通知は配達証明付内容証明郵便で送付し、資料は別送の上、受領印を押してもらった写しを返送してもらう等)を確認することが重要です。
(3)あてはめ
本事例においては、前述のように受益相続人が対抗要件を備える必要がありますが、兄から協力が得られなかった場合には、受益相続人は単独で遺産分割の内容を明らかにして確定日付のある証書によって承継の通知を行う必要があります。
速やかに払戻請求を行うことができる場合はあまり問題にならないのは同様ですが、払戻請求に時間を要する場合や早急な対抗要件具備が必要な場合は、手続を行う金融機関に事前に連絡して通知と根拠資料双方が到達した日付を確実に記録してもらう方法を確認しましょう。
〈執筆〉
濵島幸子(弁護士)
平成23年 弁護士登録(東京弁護士会)
〈編集〉
相川泰男(弁護士)
大畑敦子(弁護士)
横山宗祐(弁護士)
角田智美(弁護士)
山崎岳人(弁護士)
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