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「否定」は子どもをつぶしてしまう
子どもを愛し、将来の幸せを願うほど、子どもの「できていない部分」が目についてしまうものです。するといつの間にか、「だから言ったでしょ」「そうじゃないでしょ」「普通はこれくらいできて当たり前なのに、この子はもう…」という、子どもを否定する言葉ばかりを並べてしまいます。
否定は、「認める」「見守る」「待つ」とは真逆の行動です。これでは親も子も悲しい気持ちになるばかりですし、子どもが萎縮し、本来持っている能力が発揮できません。
【実例】子どもの頑張りを認められない親
忘れられない1人の女の子がいます。かつて個別指導塾で私が担当していた生徒です。
彼女の家庭では、常にお父さんが主導権を握っていました。お父さんは自身の学歴にプライドを持っていて「娘を難関私立中学に入れるんだ」と娘さんの勉強にも干渉していました。
初めて私の元を訪れたとき、娘さんは小学5年生で、成績も上位。順調に学力を伸ばしていけば、志望校の合格も現実的な目標として見えてくるはずでした。
ただ、そのご家庭は異様と言ってもいいような状況でした。授業には毎回、お父さんがついてきます。そして娘さんが問題を解くのにちょっと時間がかかるたびに、「何やってるんだ」「いつもぐずぐずして」「急げよ、昨日やっただろう」と延々、文句を言うのです。
お父さんと個人面談をしても、「あの子は努力が足りない」のひと言で片づけてしまいます。私は「彼女はちょっとマイペースなところはありますが、じっくり考えて、考えがまとまってから問題を解くスピードには目を見張るものがあります。本人のペースに任せてあげましょう」と提案するのですが、お父さんは聞く耳を持ちません。
彼女は、自分の頑張りを一度も認めてもらえず、毎日毎日、怒られ続けていました。
結果、成績が急降下。そのうちに病気がちになり、塾を休むことも増えていきました。しかしそれでも、お父さんは彼女を叱り続けます。頼みのお母さんも、自身が努力して難関校に受かったという方だったため、「この子は甘い」で終わりです。逃げ場のない彼女は、追い詰められていきました。
私は何とか、この状況を変えなければと考えていました。学力うんぬんの前に、彼女がかわいそうだったからです。
彼女はそのような状況でも、親の期待に応えようと一生懸命に勉強をします。しかし精神的に追い詰められていては、結果が出るはずもありません。私はいよいよ「できているところを見て、ほめてあげてほしい。そうでなければ彼女はつぶれてしまう」と訴えましたが、お父さんは「もういい。こちらの言う通りに勉強をさせられない先生はいらない」と突っぱね、塾を替わっていきました。
6年生の後半になろうかというころ、彼女のお母さんから「今からもう一度勉強を見てもらえませんでしょうか」と電話がかかってきました。
聞くと、「60あった偏差値が今では40にまで落ち込んでしまっている。それでも父親の第一志望である難関私立中学に合格させたい。だから今からもう一度見てほしい」と言います。
助けになって差し上げたかったのですが、「絶対に第一志望に合格するという保証をしてください」と言われてしまいました。物事に「絶対」はありませんから、「それは難しい」とお答えしたところ、「じゃあ結構です」というお返事でした。
私は最後に、「お子さんとの関わり方についてご主人ともう一度、話し合ってみてください。あの子は本当に頑張れる子だし、伸びる力を十分に持った子です。どうかこの言葉を頭に残しておいてください」とお願いをし、受話器を置きました。親御さんの心をほぐして差し上げられなかった、当時の自分の力不足を思うと、また、あの女の子の必死に耐える目を思い出すと、今も心が痛みます。
ここまで極端な例はまれですが、否定はこのように、お子さんの可能性をつぶしてしまうどころか、本来ならばできるはずのことでさえ、できなくさせてしまう圧力を持っているのです。
「〜してはいけない」ではなく「〜しよう」と伝える
子どもはコミュニケーションの経験値が少ないため、投げかけられた言葉をそのまま受け取ります。これがそのまま、「否定が子どもにとってプラスにならない理由」です。
親の思い通りに動いてくれないとき、あるいは、奮起を促そうとするときの否定を、子どもは額面通りのメッセージとして受け取ります。「お前はダメだ」と言われたら、そのまま「自分はダメだ」と受け取るわけです。
記事冒頭でも述べたように、「認める」「見守る」「待つ」とは真逆の関わり方をしてしまっていることになるのです。
親に否定されると、子どもは「嫌われた」と感じてしまう
ドリルを真面目にやらない子に「どうしてちゃんとしないの!」
鉄棒の練習をしていて「そんな持ち方じゃダメだ!」
部屋中におもちゃを出しっぱなしにする子に「散らかさないでよ!」
親から否定されると、子どもは「お父さん・お母さんが自分のことを嫌いになっちゃった」と感じます。親からしてみれば、行動に対して「ダメ」と言っただけなのに、子どものほうは「お父さん・お母さんと自分との関係すべてがダメ」というふうにとらえてしまうのです。コミュニケーションの経験値が少ないのですから、仕方のないことです。
だからこそ親御さんには、「なぜ否定するのか」をもう一度、考えてほしいのです。
おそらく、「うまくいって喜ぶ子どもの顔が見たい」「本来持っている能力を十分に発揮してほしい」「ケガや病気をしてほしくない」という、子どもの幸せや安全を願う気持ちと、親自身が安心したい気持ちが入り交じっているのでしょう。
それはとても自然な感情です。ただ、そこで考えてほしいのです。「子どもの幸せ」と「自分の安心」を両立するために、否定的な言葉を使わずに済ませることはできないだろうか、と。
わかりやすい例をひとつ挙げましょう。
「廊下を走ってはいけません」という張り紙と「廊下は歩いて移動しましょう」という張り紙とでは、子どもたちが廊下を走る割合は後者のほうが圧倒的に少ないという実験結果が出ています。
「〜してはいけない」ではなく、「〜しよう」と肯定的に伝えたほうが、子どもは素直に受け取り、行動できるのです。
小川 大介
教育家・見守る子育て研究所® 所長
1973年生まれ。京都大学法学部卒業。学生時代から大手受験予備校、大手進学塾で看板講師として活躍後、社会人プロ講師によるコーチング主体の中学受験専門個別指導塾SS-1を創設。子どもそれぞれの持ち味を瞬時に見抜き、本人の強みを生かして短期間の成績向上を実現する独自ノウハウを確立する。塾運営を後進に譲った後は、教育家として講演、人材育成、文筆業と多方面で活動している。6000回の面談で培った洞察力と的確な助言が評判。
受験学習はもとより、幼児期からの子どもの能力の伸ばし方や親子関係の築き方に関するアドバイスに定評があり、各メディアで活躍中(連載3本)。自らも「見守る子育て」を実践し、一人息子は電車の時刻表集めやアニメ「おじゃる丸」に熱中しながらも、中学受験で灘、開成、筑駒すべてに合格。