「自宅があるから暮らしていける」という誤算
サラリーマンの田中弘さんと専業主婦の京子さんは、お子さんのないご夫婦で、結婚してからずっと2人暮らしです。
バブル経済崩壊後、弘さんはリストラの憂き目に遭いましたが、しっかり者の京子さんが貯蓄をしていたため、持ち家は売らずにすみました。
再就職した弘さんは無事定年まで勤めあげ、その後2人は、つつましくも楽しい年金生活を送っていました。
年齢を重ねた弘さんは次第に体が弱り、寝ていることが多くなりました。心配する京子さんでしたが、弘さんは自分に万一のことがあっても、自宅があることから、京子さんは年金だけで暮らしていけるだろうと思っていました。
夫の甥・姪にまで相続権が!
このケースで、もし弘さんが亡くなったら、弘さんの相続問題はどうなるでしょうか?
弘さんの両親・祖父母はすでになく、弘さんのきょうだいである兄も亡くなっていますが、兄には長男の学さんと長女の真由美さんがいるとします。
子どもがいない夫婦の片方が亡くなった場合、配偶者が相続人になることは、みなさんご存じのとおりです。そして、「子どもがいないのだから、相続人は配偶者の妻だけ」と思われる方も多いかもしれませんが、それは違うのです。
法律上、相続人となる順位が定められており、第一順位の相続人は、亡くなった方の子どもです。
子どもが親より先に亡くなっている場合は、孫が第一順位の相続人となります(これを「代襲相続」と言います)。
第一順位の子ども・孫等がいない場合は、第二順位の相続人である両親が相続人となります。
両親がともに亡くなっていて、祖父母が健在の場合には祖父母が第二順位の相続人となります。
両親、祖父母も亡くなっている場合は、第三順位の相続人であるきょうだいが相続人になります。きょうだいがすでに亡くなっていても、きょうだいの子どもがいる場合、きょうだいの子どもが代襲相続人として相続することになります。
配偶者には順位がなく、常に相続人となります。
したがって、子どものいない夫婦の場合、配偶者が亡くなれば、2人で築いた財産を夫又は妻の両親や祖父母、きょうだいや甥姪と分けることになるのです。
「配偶者」と「配偶者の家族」の遺産分割割合
ここで、配偶者と配偶者の家族はどのような割合で遺産を分けることになるか解説します。
配偶者と、各相続人の法定相続分は次のとおりです。
【配偶者+子どもの場合】
法定相続分:配偶者2分の1 子ども2分の1
【配偶者+両親の場合】
法定相続分:配偶者3分の2 両親3分の1
【配偶者+きょうだいの場合】
法定相続分:配偶者4分の3 きょうだい4分の1
では、先ほどのケースで、弘さんが亡くなってしまうと、京子さんの相続はどうなるのでしょうか? 弘さんの預金はないものとし、家は、土地建物で4000万円として考えてみます。
弘さんの相続人は、配偶者である京子さんがなることは問題ありません。弘さんの両親と祖父母は亡くなっていますので、本来は弘さんの兄が相続人ですが、その兄も亡くなっています。そのため、兄の子である学さんと真由美さんが代襲相続人となります。
相続割合は、「配偶者4分の3 きょうだい4分の1」なので、京子さん4分の3、学さん8分の1、真由美さん8分の1となります。
遺産は、家の土地建物しかありませんから、京子さんは、家の土地建物全部を相続したい場合は、学さんに500万円、真由美さんに500万円を支払わなければなりません。
年金収入しかない京子さんにはなかなか支払うのは厳しい金額ではないでしょうか。ですが、もし支払えなければ、家を売った代金を法定相続分に従って分けるほかありません。
しかし、それでは、京子さんは家を失ってしまうことになります――。
遺言書を準備して、万全の相続対策を
子どものいない夫婦が相続対策をおこなわないと、このような過酷な結果になる可能性があるのです。
今回のケースでは、相続発生前であれば対策をすることができます。
それは、遺言です。きょうだい(及びその子)には、遺留分(相続人の生活保障などのために、最低限の金額を相続できる権利のこと)がありません。そこで、弘さんが京子さんに遺言で「私の財産は妻である京子にすべて相続させる」という遺言を書けばよいのです。
そうすれば、兄の子である学さんも真由美さんも、京子さんへ遺産の請求ができなくなるからです。
なお、改正民法で、配偶者居住権が認められていますが、遺産分割協議による配偶者居住権の取得は、遺産から除外して取得することになるわけではありませんので、上記の事例での対策とはなりません。
また、本件土地建物を生前贈与して、遺産分割の際に特別受益の持ち戻しの免除の推定を主張する方法も考えられますが、生前贈与は贈与税が発生する可能性もあり、手続的にも遺言書を書く方が簡単だと思われます。(情報は2023年3月7日時点のものです。)
高島秀行
高島総合法律事務所 代表弁護士