中国・第20回党大会の答え合わせ…習政権「戦狼外交」の行方と、「政権承継サイクル崩壊」で後継者選びが不透明に

中国・第20回党大会の答え合わせ…習政権「戦狼外交」の行方と、「政権承継サイクル崩壊」で後継者選びが不透明に
(画像はイメージです/PIXTA)

中国では2022年10月、向こう5年間の党指導部を決める5年に一度の党大会(今回は第20回で通称「20大」)が開催された。外交では、要となる王毅外交部長(大臣)と秦剛駐米大使が、各々政治局委員、中央委員に昇格。「戦狼外交」と呼ばれる好戦的対外強硬路線に変化はあるか。現状分析とともに、今後の行方を考察する。(文中人名敬称略)。

戦狼外交、欧米各国の見方は交錯

20大後の人事で、外交の要となる王毅外交部長(大臣)、秦剛駐米大使が各々政治局委員、中央委員に昇格。大方の予想通り、王毅が楊潔篪党中央外事工作委員会弁公室主任のポストを引き継ぎ外交トップ、秦剛が外交部長という布陣になった。

 

欧米では、両名は戦狼外交下でもバランスの取れた穏健な外交をしており、今回人事は外交姿勢が変化する兆しとする見方と、王毅は元来「礼儀正しい(彬彬有礼)外交官」だったが、習政権下で戦狼外交を強めたこと、秦は毛沢東後初めて現役外交官から直接中央委員に昇格し、さらに全人代を待たず外相登用が発表されるという異例の処遇を受けた点に注目し(事前の憶測通り、3月全人代で副首相格の国務委員に任命された)、習主導の戦狼外交は変わらないとの見方が交錯。

 

秦剛は駐米大使時代、ジョークを交えて自らを「戦狼外交官」と呼ぶ一方、米国各都市を回り、現地の企業や人々と交流するなどソフトな側面をのぞかせた。駐米大使としては、中米関係悪化の中でバイデン政権要人に会えないなど、米側から冷遇されたというのがもっぱらの評判だ。

 

官製メディアは以前から、「戦狼外交」は欧米が中国の「正常な防衛行動」を汚し、ねじ曲げるため使用しているラベルと主張。20大後も欧米の批判を意識してかわざわざ、「闘争」は対立ではなく、欧米主導だった国際社会が大きく変化する中で、中国が自国の利益と国際社会の公平正義を守るための「天体の正常な運行(天行健)」で、「闘争精神」を曲解すべきでないと主張(2022年10月25日付環球時報論評)。欧米から「党中央の大脳」「世界で最も危険な人物」と称され、戦狼外交も振り付けてきたと言われる王滬寧が外交にどの程度関わってくるかも鍵になる。

 

2022年11月の習・バイデン会談を受け、当面中米関係の一層の悪化は抑えられると期待されたが、23年2月、中国の気球が米国上空に飛来した問題で、両国関係は再度緊張。他方、中国を取り巻く内外の厳しい政治経済状況を受け、中国が「戦狼外交」をやや軟化させる兆候がある。2023年1月に秦剛新外交部長の下で、海外から「戦狼外交官」の象徴的存在とみられていた外交部報道官の1人が異動する人事が発表された。

 

海外華字誌上では「戦狼外交官の牙が抜かれた」として、外交が変化する兆しと捉える声がある。同報道官の異動はランク的には横滑りだが、これまでの報道官経験者と異なり、対外的に目立つポストから辺界海洋事務局副局長という地味なポストへの異動で、実質降格との声が多い。これまでも感染拡大下で「薬局に行っても薬がない」など、ネット上での率直な発信で知られる同夫人がウェイボ―上に、「使命を胸に刻み、初心を忘れず、切磋琢磨し前進、栄誉にも恥辱にも動じない(牢記使命、不忘初心、砥砺前行、栄辱不惊)」と書き込みをしたことも、夫の異動に対する不満の表明と解される(「牢、、心」は19大報告で習が使用した党のスローガン。書き込みはその後削除された)。

 

同報道官はかつて外国プレスとの記者会見で「あなた方は感染が防止されている中国での生活を実はこっそり楽しんでいるのではないか(偷着楽)」「FBIが言えば信用できるというのか」などの「名言」で知られる。

 

秦剛は外交部長就任後の1月、ロシア外相と電話会談した際、対ロ関係について、これまでの「対ロ協力に境界はなく(没有)、禁区もなく、上限もない」という「三没有」ではなく、「同盟関係を取らず、対抗もせず、第3国をターゲットにすることもない」という「三不」原則を強調。

 

さらに、中国と友好関係にあるパキスタンがウクライナへの武器売却に動いているとの噂があるが、仮にそうとすると、中国が容認したことになる。ただ今後戦狼外交の本質が根本的に変わっていくと判断するのは時期尚早、あるいはナイーブすぎる。

 

(注)中国は「欧米はパンダの顔に牙やひげを付け加えている」と主張<br>(出所)2020年12月6日付環球時報英語版
(注)中国は「欧米はパンダの顔に牙やひげを付け加えている」と主張
(出所)2020年12月6日付環球時報英語版

政権承継サイクルの崩壊…指導部人事の見通しは困難に

習がもう1期5年務め、その後継者(接班人)が2期10年務めるとすると、後継候補は年齢的に1960年代中頃以降生まれということになろうが、新常務委員4名は1950年代後半生まれが3名、最年少の丁薛祥(党中央弁公庁主任、習が上海書記時の秘書長)でも1962年生まれ。

 

中央委員または候補委員の中で、将来の接班人候補として一部で名前が取りざたされている殷勇(北京副書記、人民銀行副総裁も経験。退任するとみられていた易綱人民銀行総裁の有力後継候補とも言われていた)、鐘紹軍(中央軍事委員会弁公室主任。習にとって軍の“幕僚長”との声)、諸葛宇傑(上海市副書記。新常務委員李強の右腕)、劉洪建(2021年に当時最も若い雲南省政法委書記に就任。福建出身)、郭寧寧(女性。農業銀行副行長などを務めた金融人材)らはいずれも1970年前後生まれだが、具体候補になるにはまず政治局委員入りする必要があり、相当先の話になる。李強の後任で上海市書記となった陳吉寧(政治局委員、元清華大学長、元環境保護部長)は「ライジングスター(明星)」と言われているが、1964年生で59歳だ。

 

習政権になって以来、孫政才元重慶書記が失脚、胡春華は今回降格、さらに習側近の陳敏尓重慶書記も常務委員入りせず、接班人候補との声が強かった人物がみな排除されている。習が外から接班人をわからないようにしていることはすなわち、自らの権力を維持し長期政権を意図していることを意味する(接班人がわかると皆がそれになびき、自らの権力が落ちる)。また歴史上、接班人と言われた人物の多くがその後不幸な境遇に陥っており(毛沢東時代の劉少奇、林彪、鄧小平時代の胡耀邦、趙紫陽)、わざわざ危険を冒して接班人になりたいと思う者もいないとの指摘がある。

 

20大人事で「七上八下」が否定され(「七上八下」は本連載第1回『中国・第20回党大会の答え合わせ…〈習下李上〉の憶測外れ、〈胡錦涛退場〉に驚愕』参照)、今後恣意的な人事が行われる可能性が高まった。

 

鄧小平以降続いてきた5年サイクルの政権承継システムは、中国政治に一種の安定性をもたらしてきたが、今後は習政権がいつまで続くのか、接班人はどうなるのかなど、外から指導部人事を見通すことは非常に困難になった。若手は上層部がいつ引退するかわからず、ポストの獲得あるいは維持のため、政治的な駆け引きが激化する恐れがある。仮に習が終身政権を考えているとしても、「加齢」という逃れられない最大の敵がある。

 

新政治局委員の8割は「福建幇」「之江新軍(江は浙江)」「新上海幇」と呼ばれる習陣営で(コンサルティンググループEurasia Group)、李強は浙江、何立峰(本連載第2回『中国・第20回党大会の答え合わせ…あらわになった「政治経済上の不確実性リスク」』参照)は福建出身、また丁薛祥は上海を地盤にしており、各々が個別に派閥を形成する可能性がある。

 

ただ地域地盤が異なる他、習とは異なる段階で関わっており、彼らの間で何らかの「統一戦線」が形成される可能性は現段階では低いとの見方が多い。習自身も複数派閥間で相互牽制を働かせ、最終決裁者としての自らの権力を維持しようとするのではないか。この結果、今後、習陣営の中で小派閥が形成され、後継を巡る駆け引きが水面下で強まることになろう。

 

次回の本連載最終回では、権力集中に伴う固有のリスク、および20大に見る中国当局のプロパガンダについて検討する。

 

 

金森 俊樹

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