熱詞の裏にある中国特有の事情
中国の多くの熱詞は、①人気アニメやTVドラマなどから発生し、SNS上での使用がきっかけ、②若者の生活様式やマインドの変化を反映、③意図的に本来の意味と逆のニュアンスで使用されることが多いという点で、日本にも通じるものがある。
ネットから大量の熱詞が発生していることに対し、言語学者の間で伝統的な漢語文化が損なわれると危惧する声がある一方、こうした熱詞はいずれ好ましい表現とそうでない表現に分化し、後者は時間とともに淘汰される傾向にあり、残った熱詞は結果的に言語をより豊かにする点で積極的に評価してよいという意見がある点も日本と似ている。
熱詞の淘汰について、たとえば、一時2000年代生まれ(00後)の若者の間で流行した「火星文」、つまり漢字に絵文字や英語、日本語などを加えた表記がSNS上で流行したことがあるが、こうした「漢字文化を破壊するようなものはすぐにすたれた」ことが挙げられている。
中国語であれ日本語であれ、言語は人々の社会活動と密接に関連していることから、社会の変化を反映して不断に変化することは自然かつ当然だ。ただ中国の場合、①当局が自らに都合のよいものを先導して熱詞にする、②指導層が国民に近いことを示すため、またはその注意を引く手段として、市中で発生した熱詞を逆に利用するなど、その言語空間は特異な側面を持つ。
①の例として、2015年に習近平氏が党の会議で使用した「獲得感」がある。人々が経済発展から得る満足感という意味だが、その後、官製メディアがこれを熱詞に仕立て上げた。経済発展を通じて貧困撲滅を果たし、人々の生活が豊かになっていることを党統治の正当性の根拠とする党にとって、「獲得感」が熱詞になることは都合がよい。
教育部が発表した「2021年中国メディア10大熱詞」には上記「双減」の他、同年が中国共産党創立百周年であったことから「建党百年」、2030年までにCO2排出量をピークアウト、60年までにカーボンニュートラルを達成する「双碳」、9月に発足した北京証券交易所の略称「北交所」など、当局やその政策の宣伝に他ならないものばかりがリストアップされている。
「北交所」はベンチャー企業を対象とした店頭株式市場「新三版」の運営企業が設立。ベンチャー企業が大企業と同様に発展することを支援するという点で、新たな政治スローガン「共同富裕」の実現に資すると宣伝されている。
②の典型例は、習氏が2015年国民向け年頭あいさつで熱詞を使用したこと。「(成果を列挙した後)人民の支持がなければ、こうした成果は挙げられなかった。偉大な人民に点賛」「党政府は蛮拼的」「世界に援助の手を差し伸べ、我々の朋友圏を大きくしていく」など、各々「“いいね”をクリック」「一生懸命がんばる」「友達の輪」を意味するネット上の熱詞だ。
2014年に習氏がロシアTV局のインタビューで私生活について聞かれた際、当時の流行歌の一節「時間都去哪儿(時間はどこにいくのか)」を引用し、「自分の時間は全て仕事に持っていかれている」と発言。
2019年に中国で開催された国際輸入博覧会で、習氏は「中国の一般の人々は世界那么大,我想去看看という。ここで私は中国市場这么大,歓迎大家都来看看といいたい」とあいさつ。「世界…」は河南省の中学校教師が辞職願に書いた「世界はこんなにも広い。少し見に出かけたい」が、本人の気持ちを率直に表現した史上最も美しい辞職願だとネット上でブレークしたもの。習氏はこれを利用して、「中国市場はこんなにも大きい。皆さんが見に来られることを歓迎」とした。
これらはみな、新華社など官製メディアによって習氏が使用した「大白話」、一般人が使う生きた口語として宣伝されている。熱詞がどのように形成され使用されているか、またその淘汰のプロセスに注意することが必要だ。
後編では、新型コロナパンデミック関連で、どのような熱詞や新語が発生しているかをさらに詳しく紹介する。
金森 俊樹