先進国政治に変化をもたらした「2つ」の要因
こうした欧米先進国世界の変化の最大要因は、民主主義を支えてきた中間層が没落したことであろう。グローバリゼーションにより製造業の雇用が新興国、特に中国に奪われた。
またデジタルネット革命の進展により所得と資本循環の流れが大きく変わってしまった。 かつてのリーディングカンパニーGE、GMなどは、利益が増えれば工場を新設、新規雇用を増やし、それが経済成長を推し進めた。
しかし、いまのリーディングカンパニーである「GAFAM」にはそのチャンネルがない。GAFAMは巨額の収益を生んでいるが、事業を継続していく上での再投資の必要額は驚くほど小さく、巨額の余剰をバランスシートに残している。
それらはM&Aや自社株買いとして金融市場に還流するが、実物経済には戻らず、金融市場で貯蓄余剰として停滞し、金利を大きく押し下げてきた。
「よい賃金上昇」を促進する高圧経済
米国では過去50年間、非管理労働者の実質賃金がほとんど増加しなかった。家計所得の構成比をみると、過去50年間に労働所得が63%から49%へと低下し、株価上昇や配当増加による資産所得、および社会保障費など政府による支援(移転所得)がその穴を埋めた。
過去数十年の健全な米国消費を支えたものは、株式等の資産価格上昇と、政府からの補助の増加だったのである。
この企業・富裕者における超過利潤と、金融市場における過剰貯蓄を根本的に解消するには、賃金上昇を引き起こし、家計消費の増加を通して経済成長を高める必要がある。
ジャネット・イエレン米財務長官が提唱する高圧経済は、タイトな労働需給を維持し賃金上昇プレッシャーをかけ続けることで、企業には労働生産性上昇のインセンティブを与え、労働者には消費を鼓舞するという効果を狙うものである。
2015年ごろを底に米国企業の労働分配率が上昇に転じ、それとともに労働者の実質賃金が上昇傾向を見せ始めた。この流れは、国民所得の分配を変え、超過利潤と過剰貯蓄を変化させる、ポジティブなものである。
「過度な引き締め」には要注意
こうした観点からみると、現在米国で進行している生産性の伸びを上回る賃金の上昇は、望ましいトレンドといえるわけである。
いまインフレ抑制が最優先で急ピッチの金融引き締めが進められている。しかしサプライチェーンの混乱やウクライナ戦争によるエネルギー価格の上昇が一巡したあと、この必要な賃金上昇まで殺してしまわないような、柔軟な金融引き締めが求められる。
2023年に物価上昇の根本的転換が確認されれば、2%とされるFRBのインフレターゲットの事実上の引き上げが課題になっていくかもしれない。
武者 陵司
株式会社武者リサーチ
代表
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