成長重視から「イデオロギー重視」へ?
経済担当である李克強首相は7月下旬、北京の人民大会堂を拠点にした世界経済フォーラムのオンライン会議で、「中国が2020年来、新型コロナなどから受ける打撃に対し実行してきた政策対応はばらまき(大水漫灌)をしない合理的な規模で、それによってインフレを抑える条件も整えた」「高すぎる成長目標のために、超大規模な刺激策を講じるつもりはない」と演説。4月末の党政治局会議は「年目標実現に努力する」としていたが、7月末の同会議は「経済運行を合理区間に維持し、最善の結果実現を闘い取る(力争)」と曖昧な表現を用い、目標達成について直接的に言及することを避けた。
地元経済誌はこれを「現実に基づく態度(実是求是)」と「積極的な政策対応(積極有為)」と評価し、「感染再拡大前に設定された年目標の適用性は低下している」との主張を展開している(7月29日付新浪財経)。
「指導部は年前半までは成長率目標に固執していたが、今は目標を棚上げした。政府職員に対し、目標を必ず達成すべきものとみるのではなく、ガイダンスとしてみるよう指示を出している」(2022年8月11日付独立系シンクタンクRhodium Groupレポート)、「当局はすでに目標達成を断念しており、より低い現実的な成長率を受け入れる用意がある」(同8月17日付香港英字紙South China Morning Post)などの情報が出ている。
国家統計局は9月中旬、3回に分けて「第18回党大会以降の経済社会発展の成果」と題する報告書を発表。この間の平均成長率が6.6%で、世界平均2.6%、途上国平均3.7%を大きく上回り、世界経済成長への貢献度は30%以上と世界最大だったことを強調した。直接的には第20回党大会を間近に控えて、習政権の成果を誇示する目的と思われるが、直近の成長率鈍化から注意をそらす、あるいはそれを希薄化しようとする意図も感じられる。
2020年に成長率が大きく落ち込んだ時は新型コロナ発生初期で、中国当局もその影響が読み難い状況だったと思われ、予測できなかったブラックスワン(黒天鹅)によるものと説明することができたが(2020年は3月の全人代で結局年目標設定を見送った)、今回は異なる。
全人代前からすでに感染が再拡大し始めていた他、ゼロコロナ政策が経済に深刻な影響を与えることも十分認識していたはずで、その意味では、新型コロナ要因は黒天鹅ではなく、せいぜい「グレーリノ(灰色犀)」と言うべきものだ。それにもかかわらず、指導部はゼロコロナ政策を推し進め、なおその堅持をうたっている。
すでにある程度豊かになったということもあろうが(2021年に習氏は「小康社会」、つまりゆとりある社会の全面建設が完了したと宣言)、指導部が成長率目標達成以上に自らのイデオロギー(価値観)に基づく政策を優先する姿勢がみえ、そうとすると、中国の政策運営がこれまでの経済発展に重きを置いた実利的なものから、指導部の価値観によって左右される時代に入ったとの解釈があり得る。
中国ではこれまで年成長率目標は必ず達成されるものと認識され、しかも2010年頃までは、当局が大幅な超過達成を誇示してきた。これは指導部が共産党統治の正当性の根拠を経済発展(豊かになること)に置き、そのために実利的な政策を実施してきたことによる。
外から見れば、それは指導部の行動を正確に予測する経験則のようなものだったが、上記の動きはそうした予測可能性が低下し不確実性が増してきたことを意味する。例えば一部に、「台湾侵攻は中国の経済利益に反する話なので、それはない」といった議論は今後通用しなくなるかもしれないと警戒する声がある(ドイツメディアSpiegel中国駐在員)。
秋に予定されている党大会で、習近平氏が異例の3期目に入ることはほぼ確実と言われているが、仮にそうなった場合の国際政治上の最も重要なインプリケーションはこうした点にあるのかもしれない。
金森 俊樹
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