他人から認められたい…「承認欲求」はバカバカしい?
<今回のお悩み>
相談者:ツイッターやインスタグラムで、「いいね」が少ないとつい気になってしまいます。承認欲求ってよくバカにされるけど、他人から認められたいと思うのはバカバカしいことなのでしょうか?
――「承認欲求」自体は昔からありますが、現代の人々はSNSの登場によって強烈に煽られているようです。こうしたものに翻弄されるのはバカバカしいことでしょうか? ドイツの大哲人・ハイデッガーさんとアメリカのマズローさんに聞きます。
周囲の目や声を「どのぐらい意識するのか」が重要
■承認欲求に翻弄されて自分を見失うか、自己実現のスタートラインにするか
マズロー:まずは人間の欲求についてご説明しましょう。私が提唱した「欲求の5段階説」はご存じの方も多いと思いますが、下から順に「呼吸・睡眠・飲食・性などの生理的欲求」「身体の安全の欲求」「集団への所属と愛情に満ちた関係の欲求」「他者による承認・自尊心の欲求」「自己実現の欲求」です。上に行くほど高次な欲求で、一番高次なのが自己実現の欲求です。そうすると承認欲求というのは上から2番目ですから、本来は決してバカにされるようなものではないはずなのですけどね。
ハイデッカー:では、承認欲求がなぜバカバカしいのかは、私がご説明しましょう。人間は日常生活の中で、周囲の目を気にしがちです。同調圧力という言葉は、皆さんもよく見たり聞いたりされるでしょう。多くの人は周囲と同じようにふるまおうとすることで、本来の自分を見失いがちです。そうして日常性に埋没し、自己の実存を見失った状態を、私は「ダス・マン」=「世人(せじん)」と呼んでいます。
――ははあ、本来の自分を見失った存在、ですか。
ハイデッカー:はい、そうです。そのようなダス・マンは周囲のことばかりを気にかけて、自分が生まれたその瞬間から常に死の可能性にさらされ、不可避である死に向かっている「死への存在」であることも忘れてしまっているのです。それなのに、多くの人は自分が明日死ぬかもしれないなどとは考えようともせず、周囲に振り回されて生きているのです。死は他の誰でもなく自分自身に訪れるものであって、自分自身が固有な存在であることを何よりも明らかにするものだというのに。
マズロー:ほう、それは何やら恐ろしいですね。では、どうすればそのようなダス・マンの状態から脱却できるのでしょうか?
ハイデッカー:考えようによっては、とても簡単なことです。死を直視し、それが必ず自分自身に訪れるものであることを自覚して、死を引き受けるのです。それを私は「死への先駆」と呼んでいます。そうすることで、自己の人生の有限性を自覚し、人間の実存は回復されるのです。
マズロー:なるほど。ただ先ほどお話しした、欲求の5段階で見ていくと、人間は承認欲求が充足されてから、自己実現に向かいます。承認欲求にとどまることは確かに問題ですが、承認欲求は、自身の能力や可能性を充分に使って、新しい自分へと飛躍する、自己実現のスタートラインだと考えることができます。その意味で、承認欲求には肯定されるべき側面もあると私は思います。
ハイデッカー:しかし、マズローさんも承認欲求にとどまってはならないとお考えでしょう。自己実現という飛躍をすべきだと。周囲の評判が気になるうちは、自分が自分自身ではないということです。
マズロー:そうでしょうか。承認欲求の現れを他者との同調ばかりに見ようとするから、そのような考え方に陥るのでは?
――それはどういうことです?
マズロー:承認欲求は周囲と同じ行動にばかりは向かわないということですよ。SNS時代の現代では、ユーチューバーでもティックトッカーでも、世間とは一味違ったことをしながら承認欲求を満たし、かつ自己実現をも行なおうとしているような人たちがいるのですから…。
――それまで! なるほど、SNS全盛の現代では、この問題も議論が尽きないと思われますが、私が知るところによると、確かハイデッガーさんは、人間の存在を「世界―内―存在」とされていますね。世界に投げ出された人間は世界の中で、他者と関わる存在だと。マズローさんの承認欲求も、自己実現の欲求も、他者と関わる中から生まれるものです。その意味で、この2つには親近性があるのではと…。ですから、相談者さんも、周囲の目や声をどのぐらい意識するのがご自分に合っているのか、少し模索してみてはいかがでしょう。
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【マズローの主張】
⇒承認欲求は自己実現の欲求に次ぐ高次の欲求。必ずしも否定されるべきものではない。
【ハイデッガーの主張】
⇒人間は他者からの承認を求めるばかりに、本来の自分を見失いがち。死という有限性を直視して自分の実存を回復すべき。
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■「欲求の5段階説」とは?マズローの考えたこと(図表2)
■「ダス・マン」とは?ハイデッガーの考えたこと(図表3)
畠山 創
代々木ゼミナール 公民科講師
北海道生まれ。早稲田大学卒業。専門は政治哲学(正義論の変遷)。現在、代々木ゼミナール倫理、政治・経済講師。情熱的かつ明解な講義で物事の本質に迫り、毎年数多くの生徒を志望校合格に導く。講義は衛星中継を通して約1000校舎に公開されている。「倫理」の授業では哲学的問いを学生に投げかける「ソクラテスメソッド」を取り入れ、数多くの学生に「哲学すること」の魅力・大切さを訴え続けている。