複数の治療法がある場合も「説明義務」が
では、確立した治療方法が複数あるものの、担当医師が特定の治療方法がベストであると判断している場合であっても、わざわざ他の治療方法についてまで説明する必要があるのでしょうか。
この点について最高裁は、「医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上、判断することができるような仕方でそれぞれの療法(術式)の違い、利害得失を分かりやすく説明することが求められるのは当然である」と判示しています。
確立した治療方法のほか、未確立の治療方法がある場合はどうでしょうか。未確立の治療方法が存在する場合でも、未だ医療水準に達したとまではいえない以上、上記⑤の「代替的治療法」に該当するとはいえないでしょう。したがって、医師はこのような未確立の治療方法についてまで、患者に説明する義務を負わないのが原則です。医師としては、確立した治療方法についての説明をすれば足りるのが原則となっています。
もっとも、未確立の治療方法であっても、当該治療方法が少なからぬ医療機関で実施され、相当数の実施例があり、実施した医師の間で積極的な評価がされており、患者が当該治療方法の適応である可能性があり、患者が当該治療方法の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、医師が知っている範囲で説明する義務があると判示した最高裁判例があります。知らない場合に、わざわざ調査してまで説明する義務はありません。
「客観的に妥当と考えられる治療方法の指導」
説明義務は、患者の自己決定権を保障するものですが、医師の裁量権と衝突することがあります。患者の自己決定権と医師の裁量権の関係をどのように考えるべきでしょうか。
人の生命・健康の維持・増進という医療の目的を達成するためには、医療の専門家として高度の知識や技術を有している医師に広範な裁量権が必要です。医療の専門家ではない患者に対し、医師が考えられる全てを説明したとしても、患者が自ら置かれた状況や取り得る手段等の全てを正しく理解した上で、常に正しい判断をすることを期待することは難しく、患者自身もそのような極端な自己決定の尊重を望んでいるとは思えません。患者は,高度な知識と能力を持った専門家にサポートして貰うことを求めているのです。
そうだとすると、医師が、患者・家族等に対して行う説明義務の内容は、可能な治療法を全て列挙した上でその選択を患者に丸投げするというものではなく、当該医師が示した治療方法の中から客観的に最も妥当と考えられる治療方法を示してあげることも必要になります。
医師が患者に対して負う説明義務の内容は、可能な治療法を示した上でその選択を患者に任せるというものではなく、客観的に妥当と考えられる治療方法の指導なのです。
医師は、医療の専門家として、医療水準にかなったベストと思われる治療方針、それを選択するメリットやデメリット等を十分に説明して、患者・家族等も十分に納得した上で、合意に基づく治療を進めることが求められています。