推理力、要約・記述力が問われている
冒頭でも述べたように、本問は英文に登場する農夫と街からやって来た女性とのやりとりを通じて、2人が考えていることを心理描写を交えながら面白く描いている。
そこで、実際の東大入試で問われている設問6問のうち、とくに英文全体を読みながら推理力を駆使する必要がある設問、下線部(A)、(B)、(E)の3つを選び、身近にいる受験生に投げかけてみた。
実際の東大入試では、下線部(A)は選択問題であるが,記述力重視で少々改題して以下のような形式で問うてみた。この小テストでは農夫と街からやってきた女性の関係性について、農夫から見た視点でこれを、どう受験生が把握しているのかもオマケとして尋ねてみた。解答の制限時間は15分である。
〈小テスト〉 推理力について
次の英文を読んで質問に答えなさい。これは英語の文章を通じて推理力を見るものです。
1.下線部(A)をわかりやすく説明しなさい。その際itの示す内容を明確にしなさい。
2.下線部(B)はどういうことか簡潔に説明しなさい。
3.下線部(E)はどういうことを示しているか説明しなさい。
4.街から来た女性と農夫の人間関係を推理するとどういう状況か、空欄を適当な言葉でうめなさい。
農夫は農夫の( )に対する態度について、街から来た女性が( )していると感じている。
<東京大学入試問題改題〉
On the way=農場を継ぐ? もうすぐ産まれる?
それでは、まずタイトルに出てきた下線部(B)の問題から見ていくことにしよう。
本問を考える上で重要なのは、Twoという表現から子供が2人いることを前提に、それに続くandの後ろに登場するoneが何者なのか、ということである。つまりこのoneはTwo(2人)と独立した存在なのか、それとも、Two(2人)のうちのどちらかの特性を補足説明しているのか、それをまず検討する必要がある。
そこで問題の英文を検証すると、下線部(B)より2行下のところに2人の子供の特性について「男の子は3歳半で、女の子は2歳である」との具体的な記述があり、どうも現状は2人しかいないようだ。
また、女性は「子供は何人いるのか(これまでに子供を何人もうけたのか)」と、あくまでも人数を尋ねており、その答えである下線部(B)の後の行に子供の数に関する記述が見当たらないことに注意する必要がある。
つまりand以下のoneは女性が子供は「何人いるの」と尋ねたことにストレートに答えた数値的内容であると推理できる。上に述べた如く実在する子供は2人なので、oneはTwoとは別の何者かであるが、現状は数として存在しないものの1としてカウントされそうな存在と推測できる。それはおそらく胎児(赤ちゃん)であろう。
東大法学部卒予備校代表との意見交換
私のこの推理は妥当なものだろうか。少々気になった私は、私が医学概論などを指導する予備校の代表(東大法学部卒で英語教育に明るい)に話を向けてみた。
下線部(B)の英文を省略することなく正確に表現した時にどうなるか、又、その英文の構造から下線部(B)の意味を推理するとどうなるか、意見交換をしてみたのだ。これはいつものことだが、入試問題を、単に受験という領域で終わらせず、学術のレベルで考察するという姿勢が我々の共通認識であったからだ。
下線部(B)の構造について、代表は、街から来た女性が農夫に対してHow many children have you got?と尋ねているから、英文における「形式的推理」を働かせれば、I have got two,and I have got one on the way.となるはずだと説明した。なるほど形式的にはそうなるであろう。私も、下線部(B)のandの前までの構造については同意する。I have got two childrenで良かろう。
しかしである、下線部(B)のTwoは人であるが、oneは胎児である。Two、oneと何げなくカウントしているが、前者は人であり、後者は人ではないのだ。Twoと同様にone on the way(直訳すると生まれる途上の胎児)をhave gotしたとしてよいのだろうか。これが私の疑問であった。英語文法的に形式的にではなく、英文の実状にそくして解釈すると、I have got two children,and one baby is on the way.という解釈も成り立つのではないか、と主張したのである。
代表は、生まれる途上であろうが、お腹の中の赤ちゃんを手に入れたということはできると前置きしたうえで、朱牟田夏雄東大名誉教授が言うところの英文における「実質的推理」を働かせれば、そのような解釈も可能かもしれないと述べた。その昔、名誉教授が書かれた「英文をいかに読むか」という著書の中で「形式的推理」と「実質的推理」という類型を目にしたそうだ。いずれにせよ、考えれば考えるほど議論が尽きない興味深い問題である。