患者からの手紙「何かあった時延命は望みません」
ずっと以前のことです。「何かあった時延命は望みません」。手渡された紙にはそう書かれていました。それを手渡した患者さんもその後認知症になられ、90歳を過ぎて亡くなられました。
「いいかげんに死にたいと思っても、生きられますから、なんて生かされたんじゃかなわない。しかも政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うとますます寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと」。
社会保障制度改革国民会議でのA副総理(原稿執筆当時)の発言が新聞に掲載されていました。
「公の場の発言としては適当でない部分もあった」と、その後この発言は撤回されたようですが「私がその立場だったら」という前置きがあれば良かったと思います。同会議でA副総理は「残存生命期間が何か月かだと、それにかける金が月に一千何百万円だという現実」とも発言されたそうです。
「病の治癒」が社会復帰に結びつかなくなった
医学部での修学中、医師は「目の前の患者さんをどうすれば病から救えるか」を学びます。究極の目的は言うまでもなく「救命」です。
かつて蔓延していた赤痢、チフス、コレラあるいは結核などに代表される感染症や、化石医師の専門である消化器では、潰瘍による出血や穿孔など、命を失うことに直結する病気も珍しくはありませんでした。そんな危険を乗り越え、治療により治癒された方は再び社会に復帰され、発症前と同じ生活を送ることが当たり前でした。言いかえれば病気の治癒は社会復帰を意味していました。
そんな時代からまだわずか40年あまり。そんな短い時間ですが世の中が変わり医療も変わりました。高齢社会の中で病気の治癒がそのまま社会復帰に結びつかなくなってしまったのです。
2人の事例で知る「生前の意思表示の重要性」
84歳のYさん。脳梗塞後歩行障害が出現し、一所懸命にリハビリを行っておりました。ところが突然嘔吐が始まり食事摂取ができなくなってしまいました。検査の結果胆囊炎と診断しました。小さな結石が胆囊から総胆管に排出され、それが原因となり胆囊炎が生じたと考え内視鏡的に治療を行いました。
この治療を行うまでの間ひっきりなしに嘔吐が続き、生活はほとんどベッド上となってしまいました。治療により胆嚢炎は治りましたがYさんの歩行機能はリハビリ施行以前の状態に戻り、また一からの出直しです。
98歳のNさん。心臓の働きが悪く腎臓もうまく機能していません。呼吸困難、むくみで何度も入院され、その都度なんとか改善、退院されるのですが、最近は寝ていることが多くなってしまいました。今回は家へは戻れないように感じます。
Yさん、Nさんの例に限らず肺炎は治ったがそのまま寝たきりになってしまった、などの例は珍しくありません。また脳梗塞は落ち着いたが意識は戻らない。意識はあるが食べることがまったくできない。意識がなく食べることもできず、ただベッドに寝ている。
このような患者さんは当然ながら社会に戻ることはできません。医学部教育で学んだ救命救急医療だけでは対応できない。少なくとも現在の医療ではどんなことを試みても回復が望めない。そんな状態があるのです。
そんな状態になった時どうすれば一番いいのか。その決定は医療従事者でもご家族でもなく、患者さん自身が行うべき問題です。
でも意識のない患者さんは意思表示ができません。現在の医療で治せない状態になった時、自分はどうするか。生前に自分の意思表示をしておくことが必要な時代になったと思います。
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髙山 哲夫
1945年 松本市で生誕
1970年 名古屋市医学部卒業
1985年 国民健康保険坂下病院院長
2013年 国民健康保険坂下病院名誉院長
2006年4月より「社会保険旬報」に「随想―視診・聴診」を連載
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