脱サラして一念発起、突如「異国の地ルワンダ」でASIAN KITCHEN(アジアンキッチン)を開業した、シングルマザーの唐渡千紗氏。今夏、重版された書籍『ルワンダでタイ料理屋をひらく』(左右社)では、同氏が経験した「珍事の連続」が赤裸々に語られています。予測不可能なことばかりするスタッフたちを前に、「日本を忘れる修行」を決意することに……。
経理担当が「お金を無邪気に着服」ルワンダで怒涛のレストラン経営 ルワンダの首都・キガリの風景(※画像はイメージです/PIXTA)

「お客さんたち、急いでたの?知らなかった」…日本のスタッフの神対応を実感

ここでのもう一つの大きな障壁は、明確に指示されたこと以外やらない、ということ。ましてや、状況を見て自分にできることは何かその場で考えることはかなりの応用編になる。

 

つまり、アレックスは「お客さんが来た時に、注文を取り、それを厨房へ伝え、料理を出し、伝票を作成し、代金をもらう。お客さんが帰ったら、テーブルを片付ける」ことを自分の仕事として認識している。それは間違っていない。ただし、同時に、「明確に指示されたこと以外は自分の仕事ではない」と思っている。だって、言われていないから。

 

ライス事件※2の時も、なぜ誰もライスの残量を気にしていなかったか。「ライスの残量に常に気を配り、一定の量を下回ったら、すぐに次のライスを炊き始めることに責任を持つ人」を私が任命していなかったからだ。確かに、「ライスの残量がXXXを下回ったら次のライスを炊く」と文章にして契約書に盛り込んだりしていない。別にそんなことしなくてもやってくれ、というのが日本人の私の感覚なのだが、ここでは、そうは問屋が卸さない。

 

※2 忙しいランチタイムにライスを切らしてしまった事件。切らすということ自体が致命的であったが、誰も残量を気にしておらず、早い段階で「今からだと時間がかかります」と注意を呼びかけるようなこともなかったのが問題であった。

 

気が遠くなる作業だが、抜け漏れなくすべてのことに担当をつけ、任命して仕事内容を明確に説明しておかないと、誰もキャッチしようとせず、スルーされたボールがボンボンと落ちる。みな、ボールという名のタスクがボンボン落ちているのは知っている。が、ただ見ているだけだ。

 

「あ、私が受け取った方が良かったの? 知らなかった」「あ、ライスの残量気にした方が良かったの? 知らなかった」という具合に、悪気はない。

 

日本がすごすぎるんだ。例えば、どこにでもあるコンビニ。レジが混んでいれば、棚卸しをしていた店員が、すぐさまもう一つのレジに駆け寄ってきて、「お次にお待ちの方、こちらにどうぞ!」と案内する。「あ、レジ回った方が良かったの? 待ってたお客さんたち、急いでたの? 知らなかった」とはならない。この場面を想定して何度も練習し、それに合格した人が店員として働いている、というわけでもないだろう。でもこれは、紛れもなく、神対応なのだ。

 

ところが、日本式の動きを説明すると、スタッフは口を揃えて、「別に、そんなに急がなくても」と言う。例の、「何を生き急いでいるのですか」※3だ。何をしても、やっぱりここに行き着くんだよなぁ。

 

※3 例の、「何を生き急いでいるのですか」…ルワンダではとにかく時間の流れが日本と違う。街を見回して見ても、まず人々の歩く速度が違う。かなりゆっくりだ。そもそも歩くこともせず、ただただ何時間もボーッと道端に座っている人も珍しくない。そんな文化をもつルワンダ人スタッフたちは、日本人オーナーの「早く!」にいつもポカーンとしている。

 

とにかく、やるべきこと、やってはいけないことが、言われないとわからない。この「やってはいけないことは、具体的にこれはダメと言われるまでわからない」という感覚も、かなり厄介だ。これまた、日本人の私の感覚と、スタッフの感覚があまりにも違い過ぎる。

 

思い起こせば、働き始めた当初のエブリン※4ともこんなことがあった。お遣いを頻繁に頼むので、まとまったお金を彼女に預けた。日本円にして、1万円くらいの金額だ。エブリンは、このお金を持ってトンズラすることはなさそうだ。後日、領収証と付き合わせて精算すると伝えれば大丈夫だろう。そう思って渡した。エブリンは、もちろんトンズラはしなかった。が、とんでもないことが発覚した。

 

※4 エブリン…レストラン会計業務を任せている女性スタッフ。