本人だけでなく家族にも働きかける「愛着アプローチ」
とはいえ、最初は、この愛着アプローチにそこまで大きな期待があったわけではない。特殊な施設内でのケースと一般社会でのケースという、セッティングの違いもある。同じ原理がすっかりそのまま当てはまらないのではという危惧もあった。
それゆえ当初は、従来の医学モデルに沿った治療をするケースと、愛着へのアプローチをおこなうケースが併存することになった。ところが、時間がたつにつれてわかったことは、医学モデルに沿った通常の治療をするケースよりも、愛着に焦点化した対応をしたケースの方が、ずっと改善が良いということだった。
その顕著な違いは、境界性パーソナリティ障害の治療において見られた。本人を医学モデルに沿って診察し、治療する場合と、本人の診察よりも、家族への働きかけを中心におこなったケースとを比べると、後者の方が改善が良いという傾向が見られたのである。本人をどれだけ診たかよりも、家族をどれだけ診て、どれだけ働きかけをおこなったかの方が、改善に重要だったのである。
そうしたことを踏まえ、今では、とくに愛着に深刻な課題が認められるケースでは、愛着にフォーカスしたアプローチを一層重視するようになっており、また提携しているカウンセリングセンターのカウンセラーと連携し、本人のみならず家族への働きかけを、十分時間をかけておこなうようにしている。
これまで医学モデルによるアプローチをおこなってきたものの、壁にぶつかってしまったケースでも、愛着という観点からもう一度見直し、アプローチし直すことで、ブレークスルーが起きるということも数多く経験している。
一般の人も抱える愛着の問題…人間関係構築でつまづく
本連載は、精神医療や心理療法に携わっている方にとっては、愛着という新しい切り口を導入することで、困難なケースであっても動かしていけることを学ぶのに役立てていただけるだろう。
だが、それ以上に本連載を読んでいただきたいのは、一般の方である。というのも、愛着の問題は、特別な患者さんの問題というよりも、今や一般人口の何割かが抱えている問題であり、親や子ども、夫婦の関係を考えていく際に、必ずかかわってくるハードルだからである。
愛着は、人を脅威や不安から守り、安心と幸福を保証するための仕組みである。絶えず不安や脅威を感じていて、あまり幸福でないと思っている人も、また、人生を今よりもっと喜びや幸福に満ちたものとしたいと思っている人も、愛着という不思議な仕組みについて知り、そしてそれを活性化し、安定化するための方法を学ぶことは、じつは世の中のどんな知識にも増して重要なことに思える。
ご自身の問題を乗り越えていく場合にも、また、ぎくしゃくした関係にある家族や、付き合いにくいと感じている存在とうまくやっていくためにも、愛着を安定化させたり、その傷を修復するアプローチについて学ぶことは、指針やヒントになるはずである。
本連載で述べた方法は、机上の理論ではなく、実際に生きるか死ぬかの状況にまで追い詰められたケースを、窮地から救い出し、見事な回復を遂げさせるのに役立ってきたものである。それは、単なる知識というよりも、技術や極意のようなものであり、頭で知っただけではすぐに実践できるものではない。
たとえて言うならば、飛行機の操縦について書かれた教科書だと思っていただければよい。知識として知るだけでは、いくら頭で知っていても、上手に操縦することはできない。しかし、知識がなくては話にならない。さらに、知識に加えて、練習を積んでいく必要がある。本連載を何度も読み返し、実際の場面に生かそうとする中で、少しずつ体得されるに違いない。
※なお、本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。
岡田 尊司
精神科医、作家