「別室で話がしたい」と言われ…医師から告げられた介護方法の選択肢 (※写真はイメージです/PIXTA)

一進一退のように見えたALSですが、ご存じのように未だにその治療法は見つからず、進行を遅らせることしか手立てはありません。いちばん辛いのは本人であり、その葛藤も計り知れないものです。同時にこれを支える家族もまた、その心中は穏やかではありません。小康状態に安心したのもつかの間、着実に病魔は進行していきました。

手足の自由だけでなく、呼吸機能にも影響が出始める

高齢化が進み、介護問題に関する事件がニュースをにぎわすことも珍しくない時代。今は元気に見える両親でも、時間の流れには逆らえません。生をこの世に受けたのであれば、誰もが直面するのが身体の衰えです。それゆえ、家族の介護問題というのは、対岸の火事、ではないということ。介護する場合もあれば、自分が介護されるのかもしれません。ましてや老化にともなうケースだけではなく、事故や今回のように病気でそうなることもあるということです。

 

父もまた、病床につくまでは風邪ひとつひかない健康な人でした。高校生の頃、父の同級生が遊びにきたときのこと。友人たちは酒に酔いながら、父の武勇伝を聞かせてくれました。そうした話を聞くたびに、父だけは何があっても死ぬことはないんだろな、と思ったものです。しかし現実はそうではありません。あれだけ屈強な体をしていた父が、今はその面影を残すことなくやせ衰えています。そして、自力では二度と動くことはできないのです。

 

会うたびにその姿を見ると、なぜこのような難病に侵されなければいけなかったのだろうという思いが頭をよぎりました。もちろん、父の前でそうした態度をすることはありませんが、泊まり込みの介護を交代して自宅に戻る帰り道、父に対して何をしてあげられるのか、という自問自答を繰り返していました。

 

自宅介護というのは、これを看る家族の体力も疲弊させます。テレビなどで見かけるニュースも、そうした疲れが溜まった結果、引き起こされてしまうものが多いように感じます。当初、上肢型と告知されていた父のALSですが、私たち家族はたとえ腕が動かなくても、他の機能がしっかりしていれば大丈夫、とかすかな希望を抱きながらの介護のスタートでした。しかし、現実は違っていました。病魔は腕だけでなく、足の機能も奪いました。何度もこれ以上、病気の進行が進みませんように、と祈りました。しかし、その祈りは届かず、父は呼吸の苦しさを訴え始めたのです。ただ、本人の口からは、いつもと比べて苦しいような気がする、ということでしたので、翌日来てくださる訪問医に相談することにしました。

 

父は車いす生活のため、点滴治療に連れて行くことにもかなりの労力が必要になります。ただ、定期的な診察も必要になるため、訪問医療を受けることができます。実家でも1日おきに、大学病院と連携している近くの診療所の先生が、病状確認をされるために来てくださっていました。ひととおり父を診てくださったあと、医師の口から出たのは、明るいニュースではありませんでした。

 

これまで腕や足が麻痺していた病状が、呼吸器にも進み始めている、というものです。このまま進行した場合、気管切開をして人工呼吸器を装着したままの生活になる、ということ。そうなると意識はあるけれども会話はできなくなる、というものでした。先生はその場で入院の手配をしてくださり、父は病院でマスクタイプの人工呼吸器をつけて入院生活を送ることになったのです。

 

幸い、人工呼吸器を装着したことで血中酸素量も安定、父の呼吸は落ち着きを取り戻しました。容体が安定するまでの入院ということだったのですが、人工呼吸器を装着したままでは声も出せません。何かあったときに看護師さんを呼ぶこともできないため、息をふきかけると反応するナースコールのセンサーがあるのですが、それを唯一動く足の親指のところにセットして、用事があるときは指を動かして反応させるようにしました。

 

 

建設会社で現場管理職を12年勤める。交通事故での負傷を機に出版業界へ転職。フリーのライターとして活動後、組織化して編集プロダクションOFFICE-SANGAを主宰する。少数精鋭のスタッフと、ネットワークで結ばれた外部協力スタッフとの連携を事務所の核としながら、自らも現場を精力的にこなす。『現場監督が暴く! 欠陥マンションの簡単な見抜き方』(ブックマン社)など著書・編著多数。

著者紹介

連載自宅介護の現実「ある家族の8年間の戦い」

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