都営住宅、「桐ヶ丘団地」。建替えにより、住民たちは移転を余儀なくされてきました。移転による地域コミュニティの崩壊と孤立が及ぼす、高齢者へのさまざまな悪影響について、文化人類学博士の朴承賢氏が解説します。※本連載は、書籍『老いゆく団地』(森話社)より一部を抜粋・再編集したものです。
「ほんとに怖かった」都営団地の建替え…高齢者が直面した死活問題 桐ヶ谷団地新築号棟(撮影年月:2017年7月 撮影者:朴承賢)

「訪問セールスが話し相手で、買わされてる」孤立によるさまざまな弊害

民生委員3人へのインタビューを通じて、移転がもたらす孤立の問題を聞いてみると、特に1人暮らしの高齢住民の場合、持病が悪化したり、引っ越し後に家に閉じこもってしまうケースが増えてきたということが共通した点であった。

 

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ばらばらになって、顔を合わせる機会が少なくなる。引っ越しを自治会ごとにしようとするけれど、実際には難しい。近くても一棟違うと隣りがまるきり違う。話せる人がいなくなる。挨拶しないから家族構成がわからない。引っ越したために、自分の家がわからなくなって道に迷い、迷子になった住民がたまにいた。引っ越しで閉じこもっちゃう人が多くなる。東(E地区)と西(W地区)がめちゃくちゃになる。新しくて嬉しいけど、友達がいなくなって、1人になって、物忘れが出て、外に出たがらない。つまらなくなって寝てしまったりする。家族がいない場合は大変で、認知症の進むのが本当に早くなる。 (2012年4月、民生委員3人へのインタビュー)

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引っ越したら、道で偶然に会うと嬉しいけど、なかなかわざわざ行って会わない。入院したりしても言わない。気がついたらいなくなったり。葬式が家族だけのことになると、周りも死んだことがわからない。ドアから一歩も出てこないから、何日間誰とも会えなかったとか言うのよ。だから顔見たらつかまえちゃう。話したくて(訪問セールスに)品物を買わされてる。年寄りは寂しくて話し相手がほしいというから。 (2012年2月、民生委員3人とのインタビュー)

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主人は染色の仕事を定年退職してから心臓が悪くなった。私は1人になってE0棟から引っ越してきたの。最初はフロアに私しかいなくて、ほんとに怖かった。3か月後に8階にほとんどWからの人が来た。でも、お互いに相手にならなかった。EとWは仲良くなかったから。(2010年3月、ある住民へのインタビュー)

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高齢者の生活実態に詳しい、北区の高齢者相談窓口の担当者は、「高齢者は棟か階が変わると生活が変わる」と指摘し、道に迷ったり、家の中でもトイレを探せなかったりする事例など、引っ越しによる環境の変化で高齢者の暮らしは厳しくなると語っていた(2010年7月のインタビュー)。

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家族数に応じて間取りが決まり、希望する住居を抽選で決める移転方式のため、「隣りの人の顔ぶれがめちゃくちゃになる」ことは仕方がないことである。東京都の担当者たちは、団地内の移動であるため、移転はコミュニティにあまり影響を及ぼさないと話す。

 

しかし、住民たちは建替えによる生活環境の変化をはるかに敏感に感じており、「近くても、一棟違うと隣りがまるきり違う」「建替えで団地が完全に変わった」と語っていた。

 

現代日本社会におけるソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の問題を考察した稲葉陽二[2011]は、2005年内閣府の『高齢者の生活と意識に関する国際比較調査』において、日本の高齢者は、近所付き合いの仕方として「外でちょっと立ち話をする程度」が66%という結果が出たことを指摘する。

 

日常的な対話において、重要なのは近い距離内に知人がどれだけいるかの問題ではなく、ドアを開けて出入りする時や、洗濯物を干しにベランダに出た時に誰に会うのかという問題であるのだ。

 

誰かの家にお邪魔したり、人を招待したりする積極的なものではなく、偶然出会って立ち話をすることこそ、住民たちが慣れ親しんだコミュニケーションの方法だからである。だからこそ、住民たちの近隣関係は「一棟違うと隣り近所がまるきり違う」のだ。

 

 

朴 承賢

啓明大学 国際地域学部 日本学専攻助教授