都営住宅、「桐ヶ丘団地」。建替えにより、住民たちは移転を余儀なくされてきました。移転による地域コミュニティの崩壊と孤立が及ぼす、高齢者へのさまざまな悪影響について、文化人類学博士の朴承賢氏が解説します。※本連載は、書籍『老いゆく団地』(森話社)より一部を抜粋・再編集したものです。
「皆泣くのよ」都営団地の建替えで…引っ越していく高齢者たちの悲惨 桐ヶ谷団地新築号棟(撮影年月:2017年7月 撮影者:朴承賢)

建替えで住民はばらばらに…いくつもの自治体の統合を試みるが

桐ヶ丘団地では建てられた順に自治会が構成され、住民全員が加入していたため、自治会は住民の日常生活に深く関わっていた。

 

そのため、建替えが本格化すると、建替え後も自治会を維持する方法が模索された。建替えで現在の住民たちがどこへ転居するかわからないので、区からも自治会の統合を勧められたという。そこで、桐ヶ丘団地では、自治会をE、W、N1、N2の四つに統合することが試みられた。

 

しかし、自治会の歴史が長く、住民の生活に深く根を下ろしていただけに、統合は簡単なものではなかった。

 

****************

建替えで住民がどこに飛ぶかわからないし、ばらばらになると自治会がなくなるから、統合が必要だった。それで、E、W、N1、N2の四か所の自治会にしましょうという案が出て、最初は賛成した。でも、自治会の伝統が長いだけに自分たちのやり方があるため、前の自治会はこうだった、われわれはこうだったといろいろで、自治会費もうちはいくらだった、うちはいくらだったなどの文句が出た。(2010年7月、団地住民・安藤さんと伊藤さんへのインタビュー)

****************

 

建替え直前の、かつての自治会連合会の組織を1995年の資料から確認すると、桐ヶ丘振興室管轄の桐ヶ丘団地内の自治会としては、桐ヶ丘E地区自治会、桐ヶ丘E地区第2自治会、桐ヶ丘E47自治会、桐ヶ丘W地区自治会、桐ヶ丘W地区第2自治会、桐ヶ丘W第3自治会、桐ヶ丘青桐自治会、桐ヶ丘若桐自治会、桐ヶ丘N地区第1自治会、桐ヶ丘N地区第2自治会、桐北自治会、中央商店街の桐ヶ丘中央自治会の12の自治会があった。

 

一方、中央自治会、E地区自治会、E第2自治会が建替えと同時に2000年頃合併し、「東地区自治会」となった。高層の建物として独立していたE47号棟以外は、「E地区」の全域が「東地区自治会」となったのだ。

 

そして、2008年頃、西が丘など近隣都営団地から移転した住民が多く、「入れ替わりは一番激しかった」という4つの新築号棟の200世帯が「四ツ葉」として東地区自治会から独立した。「EとWの人が混ざってしまい、東と西で区分するのはもう意味ない」ともいわれるなかで、四ツ葉自治会以外はそのまま東自治会に属してきた。