オードリー・タンの母、李雅卿氏が創設した学校「種子学苑」。子どもたちは、何を学び、いつ休むかを自分で決める自主学習を行います。そんな特殊な学校で働く1人の教師の「発見」を聞いて、李氏が語ったことは…。 ※本連載は書籍『子どもを伸ばす接し方』(KADOKAWA)より一部を抜粋・編集したものです。種子学苑に集う子どもや親、先生から寄せられた質問に、同氏が一つ一つ答えていきます。
天才オードリー・タンの母が深く同意した「教師の思わぬ発言」 ※画像はイメージです/PIXTA

「人は何のために生きるのですか?」子どもから質問されるたび思うこと

あなたの発見は、大学で幼児期の言語発達について学んだ教師にとっては目新しいものではないかもしれません。近代言語学の研究者は、言語学習には適した時期があることをかなり前に発見しています。でも、自分で観察し、確かめたことでない限り、これほど簡潔な言葉で実現可能な方法を口にするのは、極めて難しいことです。

 

こうやって自分で確かめ、気づいたことは、あなたの仕事の重要な成果であり、これからも子どもたちとうまく向き合っていくためのモチベーションにもなります。

 

この時から、あなたは「本に書いてあることや、他人に言われたことに従う」のではなく、「子どもにとって良いと『知っている』ことをする」ようになりました。もう単なる教育の道具ではなく、自分の考えをもつ主体的な教師になったのです。あなたは子どもたちに「生き様」を見せることもできるし、あなたと同じように様々な物事に探求心を抱き、自分を見つけようとする子どものサポートだってできます。なんて素敵なことでしょう!

 

私の考えでは、「達成感」とは生活や仕事の中で絶えず発見する喜びを指し、何人に勝ったとか、何点を取ったとか、いくら稼いだとかを指すものではありません。

 

また、私たちはよく「子どもをサポートする」と言いますが、それは大人が環境を整えて、子どもにこの探求の機会を与えようとすることを意味します。探求と発見を繰り返しながら人生を過ごせる人こそ、自主学習を行う人だと言えます。私たちの学校の先生は、こういう人でないといけません!

 

私は、十代の子どもから「人は何のために生きるのですか?」という手紙を受け取るたびに、この子は自分について学び、発見する喜びを味わってこなかったんだなと感じます。もし生活の中で常に新しい自分を発見できていれば、人生がつまらないなんて思うはずがありません。でもこの子たちの日常はプレッシャーや敗北感に満ちていて、人生は喜びにあふれていると感じられる瞬間なんてないのでしょう。