●先週の中国株の下落は中国当局によるIT企業や教育産業に対する規制の強化を嫌気した動き。
●これら規制強化は、銀行決済システムの維持・強化を図り、所得格差などの問題に対処したもの。
●規制強化は民間企業の締め付けではない、ただ中国株投資には当局方針の十分な理解が必要。
先週の中国株の下落は中国当局によるIT企業や教育産業に対する規制の強化を嫌気した動き
先週は中国株が大幅安となり、上海総合指数は4.3%下落、深セン総合指数は3.3%下落しました(図表1)。また、香港市場では、ハンセン指数が5.0%下落したほか、香港市場上場の中国大型株で構成するハンセン中国企業株指数は6.2%下落しました。中国当局はこのところ、IT(情報技術)プラットフォーム企業や教育産業に対する規制を相次いで強化しており、これが投資家の警戒感を強め、株安につながったと推測されます。
中国当局による主な規制強化は図表2の通りです。2020年11月にアリババ集団傘下の金融会社アント・グループが上場延期となった際は、実質的に経営権を握るアリババ集団創業者の馬雲(ジャック・マー)氏の、規制監督に関する当局批判とも取れる発言への制裁措置との声も聞かれました。また最近では、規制の対象が、ITプラットフォーム企業から教育産業に広がっています。
これら規制強化は、銀行決済システムの維持・強化を図り、所得格差などの問題に対処したもの
ITプラットフォーム企業への規制強化については、当局がこれらの企業による資金決済サービスに懸念を持っていることが一因と考えられます。当局は、この資金決済を直接監督できず、何らかの理由で決済が滞った場合、対処する手段がないため、銀行の決済システムに悪影響が及ぶ恐れがあります。そのため、これらの企業を監督下に置き、デジタル人民元を普及させ、銀行中心の決済システムを維持・強化する狙いが当局にあると思われます。
また、中国では、一部の巨大企業に富が集中することで貧富の差が拡大し、教育費の高騰などで教育機会に不平等が生じているという問題も指摘されています。そのため、教育産業への規制強化について、既存の学習塾を非営利団体として登記させ、塾の費用も政府が基準額を示して管理下に置くという施策は、家計の教育費負担を抑えたいという、当局の狙いがあると考えられます。
規制強化は民間企業の締め付けではない、ただ中国株投資には当局方針の十分な理解が必要
なお、2020年12月に開催された「中央経済工作会議」では、2021年の重点課題の1つとして「独占禁止と資本の無秩序な拡大の防止を強化する」ことが盛り込まれています。また、2021年3月開催の「全国人民代表大会(全人代)」で採択された第14次5ヵ年計画では、「全人民が共に豊かになること(共同富裕)を着実に推進する」目標が、初めて5カ年計画に盛り込まれました。
つまり、中国当局による最近の規制強化は、あくまで基本方針に沿ったものであり、無秩序な民間企業の締め付けではありません。また、規制によって経済成長を抑制するという意図もないため、他国・地域の株式市場への影響は限定的と考えます。ただ、今回の件でも明らかなように、中国株に投資をするにあたっては、中国当局の政策方針を十分に理解しておくことが極めて重要です。
※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。
※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『中国株の下落~その背景と他市場への影響を考える』を参照)。
(2021年8月2日)
市川 雅浩
三井住友DSアセットマネジメント株式会社
チーフマーケットストラテジスト