中小企業の経営安定装置としての貸事務所業
―― コロナ禍では多くの中小企業も大きな影響を受けています。今回の状況からくみ取るべき教訓があるとすれば、どのようなことでしょうか。
宮沢 国内の企業数の99%は中小企業です。地域を支える中小企業には独特の技術をもつ企業、その地域ならではの強みを持つ企業が多くあり、まさに日本経済を支える存在です。
しかし、中小企業は大企業に比べて財務基盤が十分でないケースも多いため、ダメージを受けたケースも多いと推測されます。政府は資金面を含めて支援策を講じていますが、こうしたときこそ事前の備えが問われます。
中小企業における備えのひとつが、本業とは別の収益源を持っておくことではないでしょうか。その典型例が貸事務所業です。
実は当社は、本業とは別に20年で600億円分ほどの自社保有
今回のコロナ禍で当社は、昨年1年の減収率が50%に達しました。しかし、評価損(特別損益)前の経常損益は、連結で約30億円の黒字を確保できました。普通、50%の減収で黒字は出ないでしょう。これは、自社保有ビルからの賃料収入があったからです。
取引銀行からは、保有物件を慌てて売る必要はないと言ってもらい、約70億円のコミットメントラインも確保できました。
「貸事務所業」は言わば、中小企業の経営安定装置として機能することを当社自らが証明した形になりました。
―― 長年、事業を続ける100年企業でも貸事務所業が多いそうですね。
宮沢 日本は世界でも珍しい長寿企業大国です。帝国データバンクの調査によると、業歴100年以上の老舗企業は日本全国に3万社以上あり、しかも毎年増え続けています。
こうした老舗企業を業種の大分類別に見ると、社数が最も多いのは「製造業」で全体の4分の1を占めます。また、業種を細分類別に見ると、「貸事務所業」がトップです。
貸事務所業は比較的、新しい業種であり、ほとんどは戦後、それも高度経済成長期以降に登場してきたものです。すなわち、貸事務所業に分類される老舗企業の多くは、もとは別の事業を営んでいたものの、保有していた不動産を活用してオフィスビルなどの事業に切り替えたり、あるいは資産を増やしていく過程でオフィスビルを取得したりして、貸事務所業に乗り出したのだと思われます。
この半世紀、2度にわたるオイルショックやバブル崩壊、リーマンショックといった荒波が日本企業に押し寄せましたが、それらを乗り越えた中で貸事務所業を手掛けているところが多いということは、非常に示唆的です。
―― 貸事務所業は不動産賃貸業のひとつですが、賃貸マンションやアパートとは何か違いがあるのでしょうか。
宮沢 居住系の賃貸マンションやアパートは、誰でも始めやすいのが特徴です。個人投資家でも簡単にローンが通って、少額の頭金で簡単にオーナーになれます。実際、不動産賃貸業の大部分はマンション、アパートなどのレジデンス系でしょう。
しかし、いま述べたように、100年以上続いている業種ランキングでいうと、貸事務所業が圧倒的に多いのです。居住系の賃貸業で1,000億円を超える資産規模に到達したケースはほとんどないと思います。一方、貸事務所業では、財閥系の不動産会社をはじめかなりの数にのぼります。
―― ただ、オフィスビルを所有するには相当な資金が必要です。中小企業にとってなかなかハードルは高いのではないでしょうか。
宮沢 その通りです。オフィス系はレジデンス系に比べてローンがなかなか通りませんし、1棟単位では大きくなります。
そこで我々が提案しているのが、区分所有オフィスです。区分所有オフィスは、分譲マンションと同じように、1棟の建物において構造上と機能上、独立した部分を個別の所有権(区分所有権)の対象とするものです。1棟単位では手が届かない都心商業地のオフィスビルが、区分所有という形であれば比較的、価格を抑えて保有できます。
不動産投資の醍醐味は再開発などによる超過リターン
―― 少ない金額で始められる不動産投資という意味では、リート(不動産投資ファンド)といった選択肢もあります。
宮沢 少額で始められ、安定した利回りが得られるのは確かにリートの魅力です。しかし、リートはあくまで金融商品です。建て替え・再開発などによる超過リターンといったメリットは、実物の不動産(所有権)でないと得られません。
前回も申し上げたように、東京の商業地での不動産供給は需要に比べて圧倒的に不足しています。新規供給は、埋め立てか再開発等しかないといってもいいでしょう。
しかも、商業地での再開発の場合、土地所有者に対して容積率アップや用途の緩和といった優遇措置が与えられるのが一般的です。つまり、再開発等において資産価値が大きくジャンプアップするのが東京の商業地の特徴なのです。
当社でも以前、渋谷の宮益坂にある築50年以上の分譲マンションで2つの住戸(区分所有権)を取得したことがあります。紆余曲折ありましたが、容積率の割り増しが認められ、今年建て替えが終了したのですが、取得時には坪150万円だったものが20倍近くになりました。しかも、建て替え費用は保留床の分譲を前提に、デベロッパーが負担したので、元の区分所有者の負担はありませんでした。
―― 建て替えや再開発によるリターンは、確かに大きな魅力ですね。
宮沢 似たような現象は、東京の商業地では珍しくありません。同潤会アパートを建て替えた表参道ヒルズの区分所有権がたまに売りに出ると十数億円します。森ビルが再開発した六本木ヒルズも地権者が持っていた10億円クラスの区分所有権がごろごろあります。もともとは昭和初期に1区分を数千円で買ったものでしょう。
東京の商業地でなぜそれだけ大きなリターンが得られるかといえば、住宅地に比べて容積率がはるかに高いことと、大企業がテナントに多いことが挙げられます。
実際、IPOを目指している当社は600億円分の自社保有ビルがありますが、オフィスはすべてテナントとして借りています。上場企業は株式市場においてROAなど資産効率を厳しくチェックされるので、オフィスは賃借する傾向が強いのです。東京の主要5区の上場企業の大多数は、オフィスを賃貸で使用しているのではないでしょうか。
―― 上場企業がオフィスを賃借するのに対し、中小企業がオフィスを所有し、本業とは別に貸事務所業を行ったほうがいいということは、どう理解したらいいのでしょうか。
宮沢 経営における時間軸の違いが大きいと思います。上場企業は四半期ごとに業績を発表し、多くのステークホルダーのチェックを受けます。それに対して非上場の中小企業は、そうした短期的な視点ではなく、もっと長いスパンで健全経営を続けていくことが重要なのです。
顧客や従業員が中小企業に求めるのも、急速な業容拡大とか業界やエリアでシェアナンバー1、売上ナンバーワンになることではありません。
顧客にとっては質が高くリーズナブルな商品やサービスが安定的、継続的に提供されることでしょうし、従業員にとっては生活の糧と成長の機会が安定的に得られることが大事なのではないでしょうか。
そのためには本業とは連動性の低い、別の事業の柱を持っておくことが有効であり、具体的には貸事務所業であることは長寿企業のデータを見ても明らかなのです。
今後の区分所有オフィスの可能性
―― 今後も中小企業が、東京の商業地で区分所有オフィスを安心して購入できるのでしょうか。
宮沢 全国の中小企業に対し、東京の商業地にある区分所有オフィスを適正価格で提供することが当社の存在意義だと考えています。
それと同時に今後は、オフィスビルを所有する大手企業の中でも、1棟保有を続けるか、それとも売却するかといったオール・オア・ナッシングではなく、もう少しきめ細かい不動産ポートフォリオ戦略があってもいいのではないかと考えています。
たとえば、エイベックスが本社ビルを売却してリースバックしましたが、全部売却するのではなく、フロアごとの売却も可能だったのではないでしょうか。
今後、オフィスビルも1棟単位で所有するのではなく、分譲マンションのように適切な規模に分けて所有し、必要に応じて入れ替えていくといったやり方があっていいはずです。
当社としても、中古ビルをリニューアルして区分所有オフィスにするだけでなく、大手と組んで新しいビルをつくり、分譲するといったオフィスデベロップメント事業を展開していく考えです。
―― 区分所有オフィスにはまだまだ可能性があるということですね。
宮沢 繰り返しになりますが、私たちは区分だからいいと言っているのではなく、なるべく東京都心の商業地、それもオフィスビルがいいと言っているのです。
ただ、そうした物件は金額がはり1社で保有することは難しいので、区分で持ちましょうと提案しています。
区分所有オフィスのメリットとしては、複数に分散できるということもあります。50億円のオフィスビルを1棟所有するより、5億円の区分所有オフィスを10ヵ所に所有しているほうが様々なリスクに強いでしょうし、再開発などに絡める可能性も高くなります。中小企業の場合、事業承継対策としてもこうした不動産ポートフォリオ戦略が有効なはずです。
当社としてはこれからも、全国の中小企業を区分所有オフィスという不動産ソリューションでサポートしていく覚悟です。