2013年に中国・習近平国家主席が提唱した「一帯一路構想(BRI)」。沿線諸国・地域の期待を集める一方、プロジェクトをめぐる衝突や債務累積の懸念による否定的評価、はては主要国から政治的野望との警戒の声があがるなど、諸外国のBRIに対する受け止め方、評価は様々だ。今回のパンデミックを受け、中国がBRIをどう展開していくのか、関係各国が注目している。本記事では、BRIの今後の展開について、不確実要因を踏まえつつ、経済・政治の両面から考察する。本稿は筆者が個人的にまとめたものである。

債務問題の「国際的リーダーシップ」への思惑

 外交政策的観点 

 

第一に、パンデミックで大きな経済的打撃を受けた沿線諸国・地域に対し、BRIを通じて援助する心理的限界効果が高くなっていると考えられることから(つまり、困った状況下では、小さな援助でも以前より相手先から大きな評価を受けることが期待できる)、中国当局がそうした援助は有効な外交戦略の一環になると判断する可能性がある。

 

第二に、米トランプ政権は香港国家安全維持法や貿易問題に加え、パンデミックを「中国ウイルス」だとして中国との緊張を高めている。2020年8月、対中制裁の一環で、米国企業との取引を禁じる企業リストに、南シナ海での人工島など(米国が言う)軍事関連施設の建設で重要な役割を果たしている中国企業24社を追加したが、その中にBRIプロジェクトで中心的役割を果たしている国有企業である中国交通建設傘下の5社が含まれた。これによって、中国は逆に米国制裁に対抗する観点から(つまり、制裁に屈しない、あるいは制裁の影響はないことを示すため)、BRIを敢えて推進する可能性がある。

 

第三に、「債務のわな」批判の行方だ。パンデミックが発生する以前から、スリランカでのハンバントタ港プロジェクト(※1)を典型的な例として、「中国のBRIは相手先を債務のわなに陥れる外交」との国際的批判があるが、英王立国際問題研究所(通称チャタムハウス)は20年3月、8月のリポートで、スリランカについて、「プロジェクト毎にそのスリランカ経済に与えている影響は大きく異なる。例えばコロンボ国際貨物ターミナルなど、大きな利益をもたらしているプロジェクトもある」「スリランカが抱える問題は対外債務総額が膨れ上がっていることで(18年347億ドル、対GDP比39%)、対中国債務(同50億ドル、5.6%)だけが特に問題というわけではない(※2)」、また一般論として「BRIは地政学的プロジェクトではなく経済プロジェクト」「プロジェクトは要請ベースで行われており、要請した国がプロジェクトの実効性、財務上の持続可能性を保証すべきもの」と指摘(※3)

 

※1 2016年末までの累計赤字3億ドル強と言われる。17年に中国の国有企業である招商局港湾に運営権を譲渡。

 

※2 スリランカの対外債務は2012年237億ドル(対GDP比34%)から18年347億ドル(同39%)、うち、対中国債務は22億ドル(同3.2%)から50億ドル(同5.6%)に増加。18年の対中国以外は、日本34億ドル、その他バイ(2国間)債務22億ドル、国際機関79億ドル、金融市場(スリランカが発行した国際債の外国人投資家保有)162億ドル(スリランカ財務省・中央銀行統計)。

 

※3 チャタムハウスリポートの著者の中には、スリランカ政府下のシンクタンクに所属する同国学者が入っていることに注意。

 

西側先進国シンクタンクが発表したリポートとして中国当局にとって都合のよい内容で、環球時報などがこぞってこれを中国内外で紹介しているが、中国に対する「債務のわな」批判が先進諸国の中でも一枚岩ではないことを示している。

 

中国はパンデミックを受けG20が20年4月に合意した債務支払猶予イニシアチブ(※4)に参加することをコミットしており、また先進ドナー国中心で途上国の債務返済問題を検討するパリクラブとの協力も必要になってくるかもしれない。中国はパンデミックを、債務問題で国際的なリーダーシップを発揮する絶好の機会と捉える可能性がある。今後、国際社会で「債務のわな」批判がさらに高まるかどうかは、国際的枠組みの中で中国が債務問題でどのような対応をとっていくかにも左右されることになろう。

 

※4 Debt Service Suspension Initiative(DSSI)。最貧国に対し、2020年5〜12月に期限を迎える公的債務の返済を一時的に猶予。20年9月のG7声明は期限延長で合意し、また(中国国家開発銀行などを念頭に)「いくつかの国々が国有で政府の管理下にある銀行を商業銀行として分類し、公的債権者と同等の扱いをしていない」と批判。その後、10月のG20声明で半年延長を合意。またG20声明では、おそらく中国などとの調整の結果と思われるが、G7声明での上記批判が「全ての公的な2国間債権者は、完全に、かつ、透明性高く、このイニシアチブを実施すべき」との文言に修正されている。国際金融協会(IIF)の20年5月推計では、DSSI対象国の対外債務全体のうち、25%超が対中国債務。また、西側シンクタンク、Rhodium Groupの 推計によると、DSSI対象国の20〜24年に返済期限を迎える対中債務は530億ドル、返済総額の約25%、68か国に及ぶと言われ、そのうちかなりがBRI関連と見られる。

経済要因と政治外交要因、当局はどう判断するか

以上、経済的観点からは、①中国自身とBRI沿線諸国・地域がパンデミックで受けた大きな経済的打撃、②国内的には金融リスク低減のためのデレバレッジの継続・強化による資金ひっ迫、③国際社会の「債務のわな」批判、④これまでのBRI融資が返済を迎えることへの対応から、どちらかと言えば、BRIを加速させていくことには慎重になる要因が多く、その中で、リターンが確実で地政学的にも重要な東南アジアをより重視するという選択的な戦略をとる可能性、また民間部門の関与や医療分野の協力が増大する可能性がある。

 

他方、政治外交的には、中国が新型コロナのパンデミックを経た現下の情勢から、沿線諸国・地域への影響力を高める手段、また米国に対抗する手段として、BRIの推進を加速させようとすることが考えられる。言い換えれば、中国当局が経済要因と政治外交要因をどう判断し天秤にかけるかによって、今後のBRI協力が加速するか、逆にブレーキがかかるかが決まり、また協力の態様も大きく変わってくることになる。
 

 

<参考文献>
「“21世纪海上丝绸之路”通道安全保障研究(“21世紀海上シルクロード”ルート安全保障研究)」中国国務院発展研究中心「調査研究報告」第229号、2020年9月23日
「今年前5月非金融类投资增16%“一带一路”国际合作逆势前行(今年1〜5月非金融類投資16%増、国際協力は流れに逆らって前進)」21経済網、2020年6月20日
「“一带一路”带来“一带疫路”(“一帯一路”は“一帯疫路”をもたらしている)」大紀元、2020年5月3日
「新冠危机下的“丝绸之路”(新型コロナ危機下の“シルクロード”)」在線報導、2020年4月20日
「新冠肺炎疫情对“一带一路”的影响(新型コロナ肺炎感染の“一帯一路”への影響)」Baker Mckenzie、2020年3月
「Seeking Relief: China’s Overseas Debt After Covid-19」Rhodium Group, October 8, 2020
「Debunking the Myth of ‘Debt-Trap Diplomacy’ : How Recipient Countries Shape China’s Belt and Road Initiative」Lee Jones and Shahar Hameiri, Chatham House, August 19, 2020
「Belt and Road Initiative debt: how big is it and What’s next?」South China Morning Post, July 19, 2020
「How China’s Belt and Road Initiative Went Astray」Chan Kung and Yu (Tony) Pan, The Diplomat, May 7, 2020
「How will Covid-19 will affect Belt & Road Initiative?」Belt & Road News, May 6, 2020
「Booster or Brake? Covid and the Belt and Road Initiative」Rhodium Group, April 15, 2020
「Chinese Investment and the BRI in Sri Lanka」Ganeshan Wignaraja, Dinusha Panditartne, Pabasara Kannangara and Divya Hundlani, Chatham House, March 24, 2020
「中国『一帯一路』プロジェクトの現状〜膨大な資金需要とリスクへの対応」金森俊樹「幻冬舎ゴールドオンライン」2018年2月
「対外援助を通して見る中国外交-中所得国経済大国としての戦略」同2017年10月
「‘一帯一路’、シルクロード・ルネサンスにかける中国の狙い」同「国際金融」1272号 2015年5月

 

 

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