わかりますか?中学受験レベルの問題「江戸幕府ができるまで」

長きにわたる戦乱の時代を経て到来した江戸時代。「太平の世」ともいわれるこの時代は、どのような時代だったのでしょうか? 本記事で解説するのは江戸時代の初期、幕府を開いた徳川家康から、参勤交代制度を整えた3代将軍の徳川家光の頃まで。グローバル時代を生きる日本人として、しっかりと押さえておきましょう。※本連載は中学受験専門塾ジーニアス運営会社代表・松本亘正氏の著書『中学受験「だから、そうなのか!」とガツンとわかる合格する歴史の授業 下巻(江戸~昭和時代)』(実務教育出版)より一部を抜粋・再編集したものです。

NEW【最新セミナー】“医師専門”の資産形成コンサルによる
30代勤務医だけのための投資セミナー〜不動産投資〜

オンラインで配信します。詳細はこちら↑スマートウォッチがもらえます。

豊臣秀吉の支配のもと、着々と築いた「天下」の土台

豊臣秀吉(とよとみひでよし)のあだ名はサル。では徳川家康(とくがわいえやす)はどんな動物にたとえられていたのでしょうか。それは、タヌキです。どうして、人を化かす「タヌキじじい」と呼ばれたのか。まず江戸幕府(えどばくふ)ができるまでを説明していきましょう。

 

タヌキじじいと呼ばれた徳川家康

 

朝鮮出兵ちょうせんしゅっぺい〔1592年 文禄の役<ぶんろくのえき>、1597年 慶長の役<けいちょうのえき>〕)は失敗に終わり、秀吉の死後、朝鮮(ちょうせん)から引き上げました。

 

このとき、家康は朝鮮出兵に参加していませんでした。これが彼の運命を変えることになります。もともと三河(みかわ〔愛知県〕)の小さな戦国大名であった家康は、織田信長(おだのぶなが)や豊臣秀吉の天下統一を助けることで力をつけていきました。秀吉が天下統一を果たした後、家康は秀吉に呼ばれました。

 

秀吉「北条氏(ほうじょうし)が治めていた関東をあげるから、そっちに引っ越してね」

家康「ははっ、わかりました」

 

もちろん心の中ではイヤに決まっていますが、出世のために感情を押し殺すサラリーマンのように、家康はじっと耐えたのです。天下統一した秀吉の命令となれば、逆らうことはできません。カリスマ社長から嫌われたら、そこで出世街道は終わってしまいます。

 

だから、慣れ親しんだ三河からあっさり引っ越したのです。関東地方は北条氏の残党がいて、いつ反乱が起きてもおかしくない状態です。土地が増えても嬉しくありません。しかも、家康が江戸(今の東京)に来たとき、「城、ちっちゃ!」とびっくりしたそうです。

 

江戸城(えどじょう)は15世紀半ばに太田道灌(おおたどうかん)によって築城されました。そのときの城が、150年近くたってもそのままの形で残っていたのです。

 

家康は決意します。この江戸を立派な都市につくり直してみせるぞ、と。左遷された部長が、この部署を立て直してやろうと意気込む感じです。

 

信長も安土(あづち)という町を整備し、楽市・楽座(らくいち・らくざ)を行い、商業を発展させました。家康も信長にならったのかもしれません。与えられた場所で花を咲かせようとする姿勢は、立派です。

 

そんなとき、秀吉が朝鮮出兵を行うことになりました。ここはさすがの家康。タヌキじじいと呼ばれただけあります。「北条氏の残党が反乱を起こすと大変です。私まで朝鮮に攻めたら関東が大変なことになってしまいます」と言って、朝鮮出兵には参加しませんでした。

 

イラスト:遠藤庸子(silas consulting)
朝鮮出兵の命令をうまくかわす家康 イラスト:遠藤庸子(silas consulting)

 

肥前(ひぜん)の名護屋城(なごやじょう)までちょっと行っただけで戦わなかったのですから、皆がボロボロになって帰ってきたときも、家康は何も傷つくことなく、しかも江戸の町を大いに発展させていました。

 

「織田がつき、羽柴(はしば)がこねし天下餅(もち)」という狂歌(きょうか)が江戸時代に詠まれましたが、いよいよ天下餅を家康が食べるときがやってきました。

 

信長も秀吉もすでに死んでいます。しかも、他の戦国武将たちは朝鮮出兵で傷ついて帰ってきた…こんなチャンスは二度とないと思ったのでしょう。

 

家康は、秀吉の死後、豊臣家を支える石田三成(いしだみつなり)と対立し、1600年「天下分け目の戦い」と言われる関ヶ原(せきがはら)の戦い(岐阜県)で勝負を決めることになりました。

見事「関ヶ原の戦い」に勝利…家康の「お手紙」作戦

じつは当初、徳川家康率いる東軍は不利でした。石田三成率いる西軍のほうが強かったのです。このとき、家康は東海道(今の神奈川県~静岡県~愛知県)を通って関ヶ原につきました。

 

一方の息子の徳川秀忠(ひでただ)は、中山道(なかせんどう〔長野県など〕)を通ってきたのですが、なんと関ヶ原の戦いに遅刻するという大失態! 家康は不利な状況で戦い始めることになりました。

 

ところが、西軍内での裏切りが続出し、家康率いる東軍に寝返ったのです。家康は戦いの2ヵ月前から、「こちらの味方をしたほうがいいよ」という手紙を150通以上もいろいろな人に送っていたそうです。その手紙の成果があったのでしょうね。

 

イラスト:遠藤庸子(silas consulting)
石田三成率いる西軍v.s.徳川家康率いる東軍 イラスト:遠藤庸子(silas consulting)

 

中学受験専門塾ジーニアス 運営会社代表 

慶應義塾大学在学中に中学受験専門塾ジーニアスを開校し、運営会社の代表に就任。現在は東京・神奈川の6地区に校舎がある。

ジーニアスはハイレベルな少人数制指導塾として、1学年200人強から開成、麻布などの御三家各校、筑波大附属駒場、慶應中等部、早稲田実業、渋谷教育学園渋谷、ラ・サールなど超難関校に例年合格者を多数輩出しており、募集時には毎年満席になる校舎もある。また、家庭教師のトライの映像授業「Try IT」の社会科を担当し、高校受験生からの支持も厚い。

おもな著書に『合格する算数の授業 図形編・数の性質編』『合格する地理の授業 47都道府県編・日本の産業編』(実務教育出版)があり、ほめて伸ばすだけをよしとしない、タイプ別に子どもへの対応方法を変えるなど独自の子育て論にも注目が集まっている。

著者紹介

連載難関中学合格率約60%・人気塾の授業を再現!ガツンとわかる「江戸時代」

中学受験 「だから、そうなのか!」とガツンとわかる 合格する歴史の授業 下巻(江戸~昭和時代)

中学受験 「だから、そうなのか!」とガツンとわかる 合格する歴史の授業 下巻(江戸~昭和時代)

松本 亘正

実務教育出版

難関中学合格率約60%の中学受験専門塾の合格授業を再現! 中学入試の社会・歴史(江戸~昭和時代)のポイントが、心から理解できる一冊。 【本書の特徴】 ●イラスト&図解で楽しくスイスイ読める! ●自分で考えて解…

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!
会員向けセミナーの一覧