“5本の指に入る”評判の税理士に大損させられた!
年間0.72件――これは、税理士一人あたりが一年間に手掛ける相続税の申告件数の平均です(国税庁と税理士会の統計情報をもとにした試算)。
一年に1回も相続の申告代理を実施したことがない税理士が多数派であるという税理士業界の実態もあります。
「相続といえば税理士にお任せすれば安心」と思っていた方にとっては、衝撃的な事実かもしれませんが、相続に不慣れな税理士は予想以上に多いのです。実際に、私が現場で遭遇した実例をご紹介しましょう。
配偶者を亡くし、不動産活用のご相談でお会いしたお客様の話です。仮にAさんといたしましょう。
「今後のお子様への相続に向けても、対策を綿密に立てておくことが必要ですね。その時の申告書をお持ちでしたら、見せていただけますか」
「ええ、うちの県で5本の指に入るという触れ込みの著名な先生に頼んだんですよ」
そう言って、申告書を持ってきたAさん。内容を見た私は、思わず絶句しました。
(税理士が、こんな単純なミスをしているとは……)。
問題は、土地の評価についてでした。先にも触れたように、自宅や事業用土地、貸宅地の評価については、ある一定の面積までは評価を下げられる「小規模宅地等の特例」を適用できます。
複数の不動産を所有している場合は、自宅(当時は上限240㎡。現在は330㎡)と事業用(上限400㎡)の場合は合算して80%(この当時は合算不可でした)減、貸宅地を併用する場合は計算式により、200㎡の上限まで50%、評価を下げることができます。
この特例については、適用面積に上限があるため、路線価の価格や適用できる上限面積、減額割合を計算しながら、効率よく適用の順番を決めることが重要です。
2015年の税制改正により、賃貸地の併用については計算式が複雑になっていますが、基本的には、路線価が高いところや、評価減の割合が高いところから特例を適用し、上限面積に余裕があれば、残りの不動産で追加を適用するのが原則です。
Aさんの場合は、東京に小さな賃貸物件を所有しており、郊外に自宅を持っていました。よって、当時であれば地価の高い東京の賃貸用土地にまずは適用し、残りの面積を自宅に適用するのが正解の順番となるわけです。
ところがです。申告書を見てみると、その“5本の指に入る先生”は、自宅への特例適用を優先し、かつ上限面積の余裕があるのにもかかわらず、賃貸物件には特例を適用していませんでした。さらには、土地の評価の算出に使う補正率を、改正以前の古い会計ソフトの数値のままで計算していたのです。
その税理士は、小規模宅地の特例を活用する際のルールも、法改正の事実も知らず申告してしまっていたのです。
「これからでも、払い過ぎた分を取り戻せますでしょうか?」
Aさんからの依頼を受けた私どもは、早速、対策を講じました。相続税は自己申告制度が前提なので、税務署は「少なく払ったもの」が発覚すれば、追加徴収を求めてきますが、「多く払ったもの」については指摘してくれません。
先の税理士による小規模宅地特例の適用も、税務署が「納税者の申告内容が正しい」と判断すれば、受理されてしまうのです。すでに行った申告についても税額が過大だった場合、申告期限から5年以内であれば、「更正の請求」(払い過ぎた分の還付請求)が可能ですが、一定の審査基準があります。
何とか少しでも税金を取り返せないものか――粘り強く交渉し、上限面積の残りの分の賃貸物件への適用については請求が認められました。
これらの修正で還付された金額は約1000万円。大金です。
「有名な税理士の先生と聞いて信頼していたのに……」
Aさんは、臨時収入に笑顔を見せるどころか、しきりにそう嘆いていました。
税理士のうち約半数は試験ナシの「無試験税理士」!?
「たまたま運が悪かっただけなのでは?」と思う方もいらっしゃるでしょうが、私の経験から見ても、Aさんのケースは“氷山の一角”といってもいいと思います。
もう一つの事例をご紹介しましょう。2000坪という広大な土地を所有していたBさんの相続の案件です。
Bさんのケースのように、標準的な宅地の地積に対し、著しく面積が広い土地については、戸建て用地を造成する際の道路や公園などの、いわゆる“潰れ地”が発生するであろう公共公益的施設用地として、一定の評価を減じることができます。
いわゆる「広大地評価」といわれる特例です。
ところが、Bさんの顧問税理士は、この「広大地評価」の存在を知らなかったのでしょうか。あるいは、広大地の判定は非常に難しいため、税務署に否認されるリスクを考えたのでしょうか。特例を適用せず、土地の形状を踏まえた減額のみ反映し、申告したのです。
高い税額に不信感を抱いたBさんは、知り合いのツテを頼って私の会社に相談にお見えになり、その事実が発覚しました。
Bさんの場合は、全面的に更正の請求が認められ、無事、払い過ぎた税金が戻ってきます。その額、何と1億9000万円! 「そのままにしていたら……と思うと、ゾッとします」とBさん。
私もほっと胸をなでおろしながらも、税金のプロといわれる人々のミスや見逃しに、どうにも釈然としない思いを抱いたことを覚えています。
税理士ともあろう人たちが、なぜこのような単純なミスを犯してしまうのでしょうか。その背景を探る上で、まずは税理士業界の実態を示す一つのデータをご紹介したいと思います。
日本税理士会連合会のHPによると、日本の税理士の数は約7万5600人にのぼります(平成28年2月時点)。しかし、そのうち無試験税理士、いわゆる試験を受けずに税理士になった人は約半分の55%を占めます。無試験組は大きく2パターン存在します。
税理士の1割しか相続税法テストを合格していない!?
一つ目が、国税当局のOBです。全国の税理士の平均年齢は60歳超と高いのが特徴ですが、それは現在の申告納税制度が発足した際に、税理士が不足していたため、一定以上のキャリアを積んだ国税職員に対し、無試験で税理士資格を付与した名残です。
二つ目のケースが、法学系、経済学(財政学)系の二つの大学院で修士号を取得した、いわゆる“ダブルマスター組”と呼ばれる人たちです。
おもに、税理士のご子息が家業を継ぐためなどに活用され、平成13年には廃止されています。全科目免除はなくなったものの、大学院での修士号取得などで、一部科目の試験が免除される制度は今もあります。試験が難しくなったことや、働きながら税理士を目指そうとする人たちが増えたことで、これら免除組は増加傾向にあるといわれています。
もう一つは、正確には無試験組とはいえませんが、弁護士、公認会計士の資格をとれば、税理士登録ができるため、税務経験がなくとも税理士の肩書を併用する公認会計士や弁護士もいます。
つまり、税理士と名乗りながらも、5科目試験合格者は意外に少数派なのです。しかも、国税OBの税理士のなかには〝税務署出身〟を売りに、「国税OBだから、経験が豊富」「税務署に顔が利く」などと口にする人もいます。しかし、国税当局や税務署にいたとしても、件数から見ても多くの人員が割かれているのは所得税、法人税、消費税関連であり、相続税と贈与税などのいわゆる資産税関係に関わっていた人はそれほど多くないはずです。
そもそも、今のご時世、相続の分野以外でも「国税OBだから、融通してもらえる」ようなことはレアケースでしょう。また、「無試験組」や「免除組」に限らず、5科目試験合格者の「全科目パス組」に関しても、簿記論、財務諸表論の必須科目以外は9科目(そのうち所得税法か法人税法のどちらかは必須)からの選択制になります。
そのうち、相続税法のテスト合格者は、全体の1割程度といわれています。こうしたデータから見ても、机上の知識としての相続税法に精通している税理士自体も実は少ないのです。
秋山 哲男
株式会社財産ブレーントラスト 代表取締役