国有企業の効率性は悪化、「国進民退」加速か
中国における国有企業(以下、国企)の位置付けについて、歴史的に次の3つの流れがある。
①1990年代、朱鎔基主導で始まった国有部門を縮小し民間部門を拡大させる市場経済化、いわゆる「国退民進」。
②2001年WTO加盟を経て、2000年代半ば頃まで「国退民進」が加速した後、胡錦濤政権後半から、政権のスローガン「和諧(調和ある)社会」実現との関係で、市場機能を重視する改革路線は格差を助長するとの批判論調が台頭、再び「国進民退」に流れが転換、市場経済化が足踏み。
③習政権が国企と私企業を共に発展させる「国民共進」を提唱。国企への民間資本導入による資本形態多様化を通じた混合所有制推進と、党の国企に対する管理強化を軸。同時に私企業の参入領域を拡大する一方、党の関与は強化。
「国民共進」は習政権の政治的スローガンで、実態的には国企を合併や私企業の吸収を通じてより強大(做大做強做優)にするものとの評価が多く、Q1に多くの中小零細企業が倒産したことに表れているように、ウイルスはこの傾向を強める要因になっている。国企の比重を見ると(図表1)、資産と就業者数が2010年頃まで低下した後再び上昇する一方、営業収入、利潤は15年頃まで低下傾向が続いた(直近やや持ち直し)。支配する生産要素が増加するほどは生み出す付加価値が増えておらず、国企の効率性悪化が窺える(『中国・習政権の重要課題「国有企業改革」の行方』参照)。
緊急事態下、国企への依存が引き起こす「債務膨張」
1月下旬、習主席は国企に対し、感染拡大防止のため、いかなる代価も惜しまず行動するよう命令。具体的には、民間に先駆けて95%以上の国企製造業が2月下旬には生産を再開、石油関連大手国企など一部は生産計画を調整して、マスクや医薬品を大量生産し、積極的に雇用も提供するよう指示された。
武漢に2つの病院を突貫工事で建設するため、建築関連国企が必要な電力や建築材料を全て投入、電力料金や地代を大幅に割引く他、国有銀行が3.5万〜4万元の低利融資を提供。電力・エネルギー関係国企は復工復産を支援するため、供給先への料金引き下げも命令された(海外華字各誌)。
中国当局が難局に対処する際に国企に頼る傾向は2008年の世界金融危機時にも見られたが、その後これが国企の債務膨張に繋がった。非金融部門のレバレッジ比率は米国の2倍、日本の1.5倍で、その大半は国企だ(図表2)(『中国の債務膨張問題 国内外の機関からの評価をどう見るか?』参照)。
ウイルスは今後、市場経済化に逆行する現下の流れを加速させ、国企自体の財務状況を再び悪化させる恐れがある。他方、上述PBCの低利再融資枠について、国有銀行によると「低利融資の目的は感染拡大防止で、それを行っている主体は国企」であることから、融資の大半は資金がひっ迫している私企業ではなく、国企に向かっている。
国企の資産を所管する国有資産管理委(国資委)関係筋は「こうした時期に国企が迅速かつ果断に行動できることこそ、中国の体制の強み」と発言、またある海外識者は「事態が収束すると、必然的に政府の介入が強い中国モデルは合理的だとの結論になる」と指摘している。
パリ協定における中国のリーダーシップに一定の評価
中国当局は2000年代中頃から持続的経済成長を意識するようになり、5カ年計画などでGDP単位当たりエネルギー消費量や各種汚染物質排出について削減目標を設定、一定程度目標を達成してきた。
特に都市部の大気汚染の主因である石炭を抑制し、再生可能エネルギーへの投資を通じて、化石燃料への依存を低くするエネルギー構造改善を進めている。米国トランプ政権が温暖化防止の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱を表明して以降、国際社会は同協定での中国のリーダーシップに一定の評価を下している。
中国生態環境部(MEE)の「中国気候変動対応政策行動2019年度報告」では、18年のGDP単位当たりCO2排出量が05年比累計で45.8%(CO252.6億トン相当)低下し、20年に05年比40〜45%引き下げるとの目標(09年国務院常務委決定)を前倒し達成、エネルギー全体に占める非化石燃料の割合は14.3%に上昇する一方、石炭の割合は05年72.4%から18年59%に低下し、MEEは「温室効果ガス急増局面は基本的に転換した」としている。
海外の推計でも中国の温室効果ガス排出量伸びは2000年代の年平均9.2%増から19年2.6%増に低下し(米国ニュースサイト「Axios」)成長率減速以上に改善、つまり単位当たり排出量が低下している(成長率は19年6.1%に対し、2000年代平均は10%強)。ただPM2.5(中国では雾霾〈ウーマイ〉、スモッグと呼ばれるのが一般的)に代表される大気汚染や水質汚染など改善すべき課題は多い(『中国のネット上で話題となっている1文字「藍」とは?』参照)。
経済活動制約がもたらした「環境改善」
企業や個人の経済活動が最も制限されたのは1月下旬〜3月上旬だが、Q1の電力生産は前年比6.8%減、うち火力と水力が各々8.2%、9.5%減少したのに対し、原子力、風力、太陽光は各々1.2%、5.7%、10.9%増加し、一定規模以上工業企業の総発電量に占めるこれら新エネルギーのシェアは13.3%、前年比1.4%ポイント上昇した(中国国家統計局)。
基本的背景として経済活動制約によるエネルギー需要減があるが、火力発電の主体である石炭生産がプラント稼働停止の影響を受ける一方(1〜2月の1日平均石炭生産は前年比6.3%減、3月は9.6%増に回復)、再生可能エネルギーにはnon-dispatchability(限界生産コストゼロで、供給が需要の変動にあまり左右されない)や、政策的後押しという増加要因がある。
MEE統計でQ1の全国337都市の大気汚染状況を見ると、大気質が優または良だった平均日数割合が83.5%(前年同期比6.6%ポイント上昇)、I〜Ⅲ類水質(注1)の割合が79.9%(同5.6%ポイント上昇)、劣V水質割合は2.2%(同3.8%ポイント減少)、大気中のPM2.5、PM10、SO2、NO2の濃度も各々14.8%、20.5%、21.4%、25.0%減といずれも顕著に改善した。4月は、優または良の大気質の日数割合は88.7%だったが、前年同月比では0.1%ポイントの悪化、またPM2.5、NO2の濃度は各々3.1%、4%の増加、PM10、SO2は横這い、5月のこれら指標は何れも前年同月に比べるとやや好転したが、その改善程度はQ1に比べるとはるかに小さい。さらにMEEは6月の全国大気質は良〜軽度汚染が主になると悪化を予測。Q1の環境改善の主因が感染拡大防止のための経済活動制約だったことは明白だ。
(注1)MEEは水質を良質な方からI〜Vに分類。劣Vは最も汚染度が高く農業用水にも使用できない。
環境規制緩和の動き、長期的環境政策に注目
政策面では以下のように、環境規制を緩める動きや環境政策が滞る兆しがある。中期的に中国の環境政策に何らかの変化が生じるのか要注意だ(注2)。
(注2)一部海外で、①医薬品、医療用マスクは化石燃料に大きく依存、②日常品の包装容器等の衛生面での利点が再評価されているとし、今回の問題は行き過ぎた環境理想論を見直す契機との論調がある(米経済誌「Forbes」)。
①消費の落ち込みを不動産・建設プロジェクト中心の大規模投資プロジェクトでカバーする可能性。その場合、消費主導から環境への負荷がより高い投資主導成長モデルに逆戻り、セメントや鉄鋼の生産が増えCO2濃度が高まる。
②MEEは「環境面の管理監督を緩めるものではなく、執行面の効率性を高めるため」としているが、3月初に環境評価手続きと実地検査に関する2つのポジティブチェックリスト(両個正面清単)措置を発表。復工復産支援のため、リストアップした企業に対し、これらを免除・簡略化するとし(当面20年9月まで、状況により延長)(注3)、環境基準を満たす期限の延長も検討。
(注3)4月下旬時点、26の省市区で5.4万社をリストに登録(MEE)。
③13年6月以降、上海、北京、天津、重慶、深圳の5都市と広東、湖北の2省で試験的に実施中のCO2排出権取引制度(ETS)は20年全国実施予定だが、そのために必要なデータ収集や会議開催、規則整備などが影響を受け、実施が大幅に遅れる可能性。