発症率は70%を超え、もはや国民病と言っても過言ではない四十肩・五十肩。しかし、ただの肩凝りとあなどって放置すると取り返しのつかないことになってしまいます。本記事では、麻生総合病院スポーツ整形外科部長の鈴木一秀氏の書籍『「肩」に痛みを感じたら読む本』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、四十肩・五十肩の危険性について解説します。

 

「肩凝り」と「四十肩・五十肩」は違う

一般的には、「肩の凝りや痛み」と表現されることが多いため、肩凝りがひどくなって痛みが現れた状態が四十肩・五十肩だと思われがちです。しかし、肩凝りと四十肩・五十肩は別物なのです。

 

肩凝りは筋肉疲労によって引き起こされる症状で、凝りがひどくなり痛みとして感じることはあっても、肩を自由に動かすことができます。これに対して四十肩・五十肩は、肩関節の周囲で起こる炎症が原因の症状で、痛みに伴い肩の動きが制限され、腕を上げることができなくなります。つまり、肩を動かせるかどうかが、両者を見極めるポイントの一つというわけです。

 

そうはいっても四十肩・五十肩は、多くの場合、肩関節への負担が長期にわたって蓄積されることで炎症を引き起こしていますので、例えば姿勢が悪いとか、パソコンやスマホのように腕や肩を使う動作を長く続けるといった、肩関節に負担を強いるような日常生活を送っていると、いまは何でもなくても将来的に発症するリスクが高まります。

 

そして、肩関節に負担をかける生活習慣は、肩の筋肉を緊張させ肩凝りの原因とも重なることから、四十肩・五十肩になる要因の一つとして肩凝りも挙げられるわけです。ですから四十肩・五十肩が低年齢化してきた背景には、運動を行う機会が少なくなったり、仕事でもプライベートでもパソコンやスマホを操作する時間が増えたという生活習慣の変化が起因していると思われます。

 

そう考えると、いまや肩凝りは国民病ともいわれ、厚生労働省が3年ごとに実施している『国民生活基礎調査』でも、身体の悩みとして肩凝りは女性で第1位、男性で第2位と報告されていますから、年齢に関係なく肩関節を酷使していれば、いつ四十肩・五十肩になってもおかしくない予備軍が相当な割合で存在するといえるでしょう。

 

さらに、最近はゲームやスマホを使う時間や、学習時間が長くなったなどの原因で、小中学生の肩凝りも増えています。大人と違って成長過程にある子供の肩凝りは、心身の健康のバランスが崩れるとして問題にもなっています。このままでは、さらなる四十肩・五十肩の低年齢化も進む状況にあります。

 

このように、肩凝りと四十肩・五十肩は別物でありながらも深く関わっているために、肩が痛くて腕が上がらなくても肩凝りだと勘違いしている人が多く、肩凝りで医療機関を受診するのは気が引けると思って放置してしまうのはないでしょうか。しかし、肩凝りではなく四十肩・五十肩であった場合は、何の手当てもしないでいると、その先にはもっとつらい試練が待っているかもしれないのです。

四十肩だったはずが、手術が必要に…?

今はパソコンやスマホで検索すれば、知りたい情報は何でも簡単に得られる時代です。「肩が痛い」で検索すれば、「四十肩・五十肩」というワードがたくさん出てきますので、自分は四十肩なのだと勝手に解釈して、腕が上がらず、痛みにも悩まされるものの、そのうち自然と治るから心配いらないと安心する人もいると思います。ところが、対処法を間違えると、最終的には手術が必要になってしまうこともあるのです。

 

専業主婦のAさんも、その一人でした。ある日、朝起きると右肩の激しい痛みに襲われ、あまりの痛さに腕を上げることができなくなりました。肩をぶつけたとか、転んだという心当たりがなかったので、急に出た痛みに不安を感じて病院に行こうと思いました。

 

すると、左手だけで顔を洗って髪をとかし、痛みをこらえながら着替えをしている様子を見ていたご主人から、「それは五十肩だな。君も年を取ったということだ」と笑われてしまったのです。ご主人の言葉にムッとしたものの、確かに家庭の医学事典で調べると五十肩の症状にピッタリでした。そこで、自然に治るのなら病院に行くほどのことではないと判断し、市販の湿布薬を貼って肩を動かさないようにして過ごしていました。

 

おかげで徐々に肩の痛みが和らいでラクになってきました。「やはり五十肩だったのだ」と安心して、痛みがぶり返すのを恐れたAさんは右肩を動かさないように生活していると、1カ月後にはすっかり痛みも取れていました。

 

ところが、痛みは取れたものの、ずっと肩を動かさずにいたことで硬くなり、腕が上がりづらくなってしまったのです。洗髪やドライヤーをかけたり、エプロンを後ろで結ぶことができないなど、日常生活動作(ADL)に難儀するようになりました。それでも、五十肩がまだ完全には治っていないからだと思い込み、回復すれば腕が上がるようになると信じて、無理に動かして再発しないようにと不自由な生活を続けていました。

 

そんな生活が1年半ほど続いた頃、一向に良くなる気配がなく、むしろ肩が固まって完全に動かなくなったため、さすがに「これはおかしい」と感じて来院されました。Aさんの話から、罹患期間が2年近くに及ぶことからMRIを撮って確認したところ、骨には異常がなく、確かに五十肩ではありました。しかし、拘縮を起こしている状態で、いわば五十肩の終末像といえる状態ですので、もはやリハビリだけで治すのは困難となり、年齢的なことを考えると手術をしたほうが良いとお勧めしました。人生80年の時代ですから、Aさんの人生もまだ30年以上あります。残りの人生を有意義に過ごすためにも、ここは手術を受けるのがベストと考えたAさんは、手術を受けることにしたのです。

 

幸い、Aさんの場合は内視鏡による手術で済みましたので比較的負担も少なく、その後もリハビリのために通院し、半年後には肩の柔軟性が回復して腕が上がるようになりました。Aさんは、ただの五十肩だと軽く見て対処法を間違えたために、手術をしなければならない事態にまで進んでしまいました。

四十肩・五十肩にも受診が必要なワケ

四十肩・五十肩は、年齢に関係なく仕事の内容や生活習慣によっては、誰でも起こり得る疾患です。自然に治る人がいる一方、Aさんのように初期の段階で適切な治療を行わないと、肩が固まって動かなくケースがあります。

 

ところが、中にはちゃんと治療を受けていたにもかかわらず、治るどころかどんどん悪化し、やはり手術が必要になってしまうこともあるのです。これは、自然には治らないタイプの四十肩・五十肩で、放っておくと長期にわたってつらい思いをすることとなります。

 

40代のBさんは、ご主人の経営する会社で事務の仕事を手伝っていました。一日の大半をパソコンの前で過ごしていたため、肩凝りに悩まされていました。そんなある日、右肩に痛みを感じたのですが、肩凝りがひどくなったと思ってマッサージに行きました。それでいつもはラクになるのに、そのときは痛みが増してきたため、数日後に近所のクリニックを受診しました。

 

レントゲンを撮った結果、骨には異常がなく「四十肩ですね」と診断され、自然に治るからと湿布薬だけを処方されて帰ってきました。しかし、2週間が過ぎても痛みが取れるどころか、だんだん肩の動きまで悪くなってきたのです。そこで不安になったBさんは、別のクリニックに行ってみました。けれども、そこでも四十肩と診断され、消炎鎮痛薬と湿布薬を処方されたほか、肩の動きを改善するためにはリハビリと電気治療が必要と言われ、毎朝通院して痛みを我慢しながらリハビリを受けてから出勤するという生活を送っていました。

 

ところが、2年が過ぎても一向に良くなりません。しかし、不思議なことに左手で支えると、右手は痛むことなく上がりました。だからといって、ずっと左手で支えながら右手を動かすのも大変です。いったい自分の肩がどうなっているのかと心配になり、今度は詳しい検査をしてもらおうと思って検査設備の整っている当院を受診されたのです。

 

Bさんの場合は、経過が長いこともあり、すぐにMRIを撮りました。すると、腱板という肩の腱が切れていることで起こる疾患と判明したのです。腱板の断裂は2センチほどでしたので、内視鏡による修復手術が可能でした。そこで、手術を行い、その後は通院しながらリハビリを続け、徐々に腕が上がるようになって元の生活に戻っていきました。

 

Bさんの疾患は、四十肩ではなく最初から腱板が切れていたのか、あるいは四十肩だったのに、肩を動かさないと硬くなってしまうからと、痛みが残っているのに無理な運動を続けたことで症状が悪化し、ついに腱板が切れてしまったのか、いまとなっては本当のところはわかりません。

 

ただ、いえることは、レントゲンは骨が折れているなど骨の状態を見るには効果的ですが、腱板のような軟らかい組織はレントゲンに写らないために切れていてもわかりづらいのです。患者さんの状態を詳しくお聴きしたうえで、腱板断裂が疑われるときにはMRIを撮って確認することが大事なのです。ですから、医師が「腱板が切れているかもしれない」と念頭に置いて診療に当たらなければ、MRIを撮ることはなく、腱板断裂を見つけることも難しくなります。したがって、四十肩・五十肩で長期にわたって悩んでいる人の中には、放っておいても治ることのない腱板断裂の可能性もあるのです。

 

 

鈴木 一秀

麻生総合病院スポーツ整形外科部長

 

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