経営者の高齢化や、後継者不足・承継コストの増大等により中小企業の廃業が相次ぎ、円滑な事業承継ニーズが高まっています。平成30年に「事業承継税制」が大幅に緩和され、贈与税・相続税の税負担が「ゼロ」で事業を承継できる「特例措置」が時限措置として創設されましたが、メリットばかりではありません。本記事では、株式会社みどり財産コンサルタンツ代表取締役社長・川原大典氏が、事業承継税制の「納税猶予の特例」活用のポイントを改めて解説し、経営者にとってのより良い事業承継の実現に向けた具体策を提案します。

事業承継の本質は、いかにして「経営を承継するか」

事業承継税制は平成30年(2018年)に大きな改正があり、中小企業をめぐる状況が変わりました。

 

自社株式にかかる相続税や贈与税は「ゼロ」で、後継者が自社株式を承継できるようになったのです。いわゆる「納税猶予の特例」と呼ばれるものです。

 

「ゼロ」のインパクトは大きなものがあります。「ゼロ」という言葉だけを聞いて、安心した経営者も少なからずいます。銀行、証券会社、保険会社が会計事務所やコンサルティング会社と提携し、「自社株式の相続税贈与税ゼロ」と切り口にいまも営業攻勢をかけています。

 

しかし、この事業承継税制、知れば知るほど複雑怪奇な仕組み、制度になっています。また、本件に関して間違った情報提供が横行しています。「いかに税額を軽減するか」、「どのようにして納税猶予制度を活用するか」ということを目的にしたかのようなテクニカルな提案が溢れています。

 

人口減少という、今まで誰も経験したことのない混迷の時代に突入していく日本。さらに企業の経営環境は目まぐるしく変化しています。事業承継の本質は、いかにして「後継者に経営を承継するか」ということにつきます。自社株式の承継は、後継者が安定的に事業に専念できるような環境を作ることが目的です。この目的達成のために納税というコストが生じます。後継者がこの納税コストに煩わされ、本業に影響が出たりすることがないように対策を講じる必要があります。本質は、あくまでも「経営の承継」なのですから。

 

これに加え、民法の規定も考慮されなければなりません。これは、いい変えれば、家族の問題です。できるだけ問題を生じさせないように、家族でコミュニケーションをとることが必要です。民法の規定の問題の本質は、コミュニケーションであって、税計算ではありません。

 

とはいえ、納税猶予の特例のインパクトは大です。活用すれば、必ず税メリットが生じます。前述した留意点を頭に入れつつ、まずは「納税猶予の特例を検討してみるべき」です。

 

しかし、この税メリットを得るためには、いくつかの障害を乗り越えなければなりません。この障害は、それぞれの会社、ファミリーによって異なります。本連載では、われわれが日々の事業承継コンサルティング実務から得た、気づきを紹介していきたいと思います。

何をもって「事業承継」と呼ぶのか?

さて、今回のテーマは、「事業承継のタイミング」です。何をもって「事業承継」というのか、これにはさまざまな定義づけがあるように思えます。そのなかでも分かりやすいのは、「社長交代」ではないでしょうか。これを持って、「事業承継が成った」ということはできると思います。

 

そして最も多い親族承継のパターンは、父親から息子への承継です。では、いつのタイミングで、父親から息子へ社長交代すれがいいのでしょうか。これは、とても悩ましい問題です。

 

納税猶予の特例は、期限付きの優遇措置です。父親から息子へ、課税負担ゼロで株式を移動しようと思うと、2027年12月末までに株式承継を実行しなければなりません。確実に納税猶予の特例を使おうと思うと、「贈与」する必要があります。「相続」は、いつ発生するかわからないからです。

 

納税猶予の特例を使って自社株式を贈与しようと思うと、いくつかの要件があります。その要件のひとつに「代表者交代」があります。納税猶予の特例を確実に活用しようと思うと、これもまた2027年12月末までに父親が息子に代表者を譲る必要があるのです。

 

その期限までに息子は経営者としてふさわしい人材に成長しているでしょうか。地位が人を創ります。しかし、息子はその準備ができているでしょうか。準備ができていなければ地位についても期待通りには育たない場合があります。

 

われわれのお客さまには、社長の年齢が60歳くらい、息子の年齢が30歳前後という組み合わせの方が多くいます。

 

これが例えば社長が70歳前後であれば、「まぁ、10年以内には…」ということになるのでしょうが、若い親子であれば、10年では経営者交代の目途が立たない場合があります。それでも2027年までに社長は代表者を退き、息子に代表者を引き継がせるのでしょうか。本業は大丈夫でしょうか。個性の強い従業員は、力不足の新社長の下でモチベーションを維持できるでしょうか…。考えれば考えるほど簡単ではないのです。

納税が完全に「ゼロ」になる制度は存在しない

納税猶予の特例を利用して、自社株式を後継者に承継させると、その自社株式は先代社長の相続が発生した際に相続財産に持ち戻しをすることになります。その時の財産評価額は、贈与時の評価額です。贈与時に自社株式の評価額を低く抑えることができれれば、その低い価額のまま相続税計算することができるようになります。これは、納税猶予の特例のメリットのひとつなのです。

 

これはどこかで聞いたような話です。

 

それは相続時精算課税制度に似た制度ということです。これは、贈与した財産を相続時に相続財産に持ち戻して、相続税を計算して精算するという制度です。贈与を受けた財産を相続財産に持ち戻すときの評価額は、「贈与時」の評価額です。贈与時に自社株式の評価額を低く抑えることができれば、その低い価額のまま相続税計算することができるようになります。

 

2027年12月までに自社株式を贈与して納税猶予の特例を活用することにこだわる必要はないのです。自社株式の評価を下げる対策を講じることは必要です。株価が下がったタイミングで相続時精算課税制度を活用するという別の選択肢があります。

 

相続時精算課税を使うと、納税はゼロにはなりません。納税猶予の特例もまた、納税がゼロになって「免除」されているわけではありません。あくまで納税が「猶予」されているにすぎません。

 

「社長交代」という会社にとって極めて重要なイベントの時期が、税制によって左右さるなどということは、あってはなりません。 経済活動の結果、ついてくるものが納税、という順番です。納税のために経済活動に注力しているわけではないはずです。この基本的な考え方と同様、納税猶予を使うために社長を交代するのではなく、社長を交代するときに存在する税優遇措置を検討する、という姿勢を基本的なスタンスにしましょう。

 

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