誰でも一度は経験するであろう相続。しかし、「争続」の言葉が表すように、相続に関連したトラブルは尽きない。なかには、生前の対策によっては避けられたであろうトラブルも多く、相続を見越した行動が求められる。本記事では、法律事務所に寄せられた相続事例を紹介する。

生前、認知症を患って施設で生活をしていたが…

【相続人】Aさん(長男)、依頼者(次男)

 

【財産(遺産)】預貯金

 

依頼者のお母様は、生前に認知症を患って、施設で生活していました。その財産は、相続人のうちの1人(仮にAさんとします)が事実上管理しており、施設費用の支払いや身の回り品の購入を行っていました。依頼者は、時折施設に面会に行ったりはしていましたが、お母様の財産がどうなっているのかは一切関知せず、Aさんに任せきりになっていました。

 

お母様が亡くなったあとに相続の話になったところ、Aさんから開示されたのは、わずか100万円ばかりの銀行預金だけでした。しかし、お母様の亡くなったご主人は資産家であり、その遺産を相続したこと、特に亡くなる直前は年金で賄える程度しか支出がなかったはずであることから、依頼者はAさんの言動を不審に思いました。

 

兄から開示されたのは、わずか100万円ばかりの銀行預金だけ…
兄から開示されたのは、わずか100万円ばかりの銀行預金だけ…

 

そうすると、特段の話し合いも行われないうちに、Aさんは、急に弁護士に依頼したのです。そこで、依頼者も弁護士に依頼しようと筆者の事務所に相談に来られました。

亡くなる直前に解約されていた銀行口座

相談を聞いて、まずは、他に財産がないかの調査をすることとしました。幸いなことに依頼者が、生前お母様が口座を持っていた銀行を1つ知っていたので、そこに問い合わせると、お母様が亡くなる直前に解約されており、数年前から毎月数十万円の出金があることが判明しました。他にも、めぼしい金融機関や生命保険会社に対して調査依頼をしましたが、空振りに終わりました。

 

また、お母様が亡くなるまでおられた施設に問い合わせて、施設費用の明細を求めるとともに、介護記録の開示を依頼しました。すると、どう考えてもお母様の口座から月々出金されていた金銭のほうが多額であり、Aさんがお母様の預金を勝手に引き出していたのではないかという疑惑が持ち上がりました。

 

この手の問題で高いハードルとなるのは、「立証」です。つまり、どの程度の証拠を用意できるかという問題です。

 

Aさんに対して、お母様の預金を返すように請求するために(または損害賠償請求をするために)必要なのは、「Aさんが預金を使い込んだこと(隠し持っていること)」を立証することです。当然Aさんが素直に認めることはありませんので、こちらが証拠を用意しなければなりません。

 

しかし、たとえば記録が古くて残っていなかったり、個人情報であることを理由に取り寄せることができなかったりと、一筋縄ではないかないのが実情です。

 

証拠が足りないと、事実が不明(わからない)ということになってしまいます。裁判実務上、「わからない」ということは、その事実は「存在しない」ということにつながってしまいますので、結局主張が認められず負けてしまうということになります。証拠が足りない部分は、「推論」に委ねるしかありません。できるだけ、具体的かつ合理的な論理を積み重ねて、あるべき「事実」を導き出すのです。

 

本件でも、お母様の口座から多額の現金が出金されている「事実」は立証できますが、それをAさんが使い込んだ、ないしは今も持っているという「事実」を立証する証拠は直接的にはありません。

 

施設費用や身の回り品の購入費用を含めてお母様が必要だったのはいくらくらいである、したがってこれを上回る分はお母様のためには用いられていないはずである、ということを主張して、事実上お母様の財産管理を行っていたAさんに合理的な説明を求めることとしました。


Aさんのほうも、当然のことながらこちらの立証が難しいことは承知の上ですが、金額が結構なものですので、それなりの対応はされました。しかし、合理的な説明は最後まで出てきませんでした(おそらく本当に使ってしまったのではないかと思います)。

 

しかし、どこまでいってもわからないものはわからないので、限界があります。最終的には、落としどころの金額を定めるために遺産分割調停を行い、調停委員もまじえて話し合いをして、それなりの金額の支払いを受けるということで調停が成立しました。

 

 

本連載は、「弁護士法人 あい湖法律事務所」掲載の記事を転載・再編集したものです。

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