誰でも一度は経験するであろう相続。しかし、「争続」の言葉が表すように、相続に関連したトラブルは尽きない。なかには、生前の対策によっては避けられたであろうトラブルも多く、相続を見越した行動が求められる。本記事では、法律事務所に寄せられた相続事例を紹介する。

「古い話だからねえ」と弁護士も諦めムードだったが…

【亡くなられた方】滋賀太郎(父親)

 

【相続人】滋賀一郎(長男)、滋賀花子(長女)、滋賀二郎(依頼者、二男)、滋賀三郎(三男)

 

本件は、滋賀二郎(依頼者、二男)の父親が亡くなったあと、滋賀二郎(依頼者、二男)を含む兄妹姉妹4人の間で遺産分割協議がまとまらず、ほかの相続人3人が弁護士を立てて、滋賀二郎(依頼者、二男)を相手方として遺産分割調停を申し立てた、という事件です。

 

滋賀二郎(依頼者、二男)は、父の生前、自分以外の兄弟(滋賀一郎と滋賀花子)が多額の生前贈与を受けていた事実を知っていました。ところが、いざ遺産分割の話し合いになったとたん、滋賀一郎(長男)、滋賀花子(長女)は、過去の生前贈与の事実を一切否定する態度をとり、滋賀二郎(依頼者、二男)にとって一方的に不利益な遺産分割案に判を押すよう迫ってきました。

 

不利益な遺産分割案に判を押すよう迫ってきた長男と長女
不利益な遺産分割案に判を押すよう迫ってきた長男と長女

 

多額の生前贈与を受けながら事実を否定する兄たちの姿勢に納得できない滋賀二郎(依頼者、二男)は、生前贈与の事実を証明すべく、弊事務所に来る前、既に別の弁護士に依頼をして遺産分割調停手続きを進めていました。

 

しかし、最初の弁護士は、滋賀二郎(依頼者、二男)が過去の事実関係についていくら詳細に話しても、「それは古い話だからねえ」、「昔の話すぎて、立証が難しいですよ」などと何かと理由をつけてあまり真剣に取り合ってもらえず、とにかく早期に穏便に解決することばかりを勧められたようです。

 

滋賀二郎(依頼者、二男)は、最初の弁護士にきちんと言い分を汲み取ってもらえない、との懸念を感じておられたようで、そんなときに、人づてに筆者の事務所の存在を知り、ご相談に来られたのです。

 

◆解決方法

 

遺産分割調停内で合意により解決

 

◆解決までの経緯

 

遺産分割調停は、一般に、以下の4ステップを踏んで進んで行きます。

 

①相続人の範囲の確定(法定相続分の確定)

 ↓

②遺産の範囲・評価の確定

 ↓

③法定相続分の修正(特別受益・寄与分など)

 ↓

④具体的分割方法の決定

 

最初の法律相談の際に滋賀二郎(依頼者、二男)より担当弁護士が事情を聴き取り整理したところ、今回の件は、②と③のステップが問題となることがわかりました。

 

まず、②については、被相続人が生前に相続税対策として、自身の名義の財産の一部を相続人名義に名義変更していたところ、名義人となった相続人が、そのうちの一部の財産を隠匿していると思われる点でした。

 

具体的には、滋賀一郎(長男)が、自らの名義となっていると思われる一部株式を相続財産として申告しようとせず、隠匿していたのです。本来であれば遺産として扱うべきことが多いのですが、名義はあくまで相続人となっているために、隠されてしまうと追及が難しい、という問題があります。

 

また、②についてはもう一つ、遺産に含まれる不動産の評価額をどのように決めるべきか、という点も、問題となりそうでした。というのも、不動産についてはすべて滋賀二郎(依頼者、二男)が取得する方向で全相続人間のコンセンサスができていたものの、申立人らの側が主張する不動産評価額は実際の評価より多額であり、申立人らの主張通りで評価すると滋賀二郎(依頼者、二男)が損をする可能性が高そうだったのです。

 

不動産の価額は、調停が話し合いの手続きであることから相続人間で合意が得られなければ評価額が決まらないという問題があります。さらに、③の点が本件の最も大きな問題でした。亡くなられた父は、生前、滋賀一郎(長男)や滋賀花子(長女)に折に触れて多額の生前贈与をしていたのですが、いざ遺産分割調停の場になってみると、滋賀一郎(長男)、滋賀花子(長女)ともに自分が父から多額のお金を受け取っていたこと事実を認めようとしなかったのです。

 

これは、「特別受益」というものに該当するのですが、滋賀一郎(長男)、滋賀花子(長女)ともに、自分は特別受益など受けていない、と主張しはじめたのです。

 

◆「特別受益」とは?

 

相続人からの生前贈与は、遺産の一部先渡しといえるものであり、相続人のうち特定の誰かだけが受け取っていて、他の人が受け取っていない場合には、いわゆる「特別受益」に該当します。特別受益がある場合、これを考慮しないと相続人間で不公平となります。そこで、相続人間での広平をはかるために、生前に受け取った分を後の遺産相続の際に考慮して計算する必要があるのです。

 

たとえば、亡くなったときに父に1000万円の遺産があり、兄弟2人でこれを分けるという場合、法定相続分は2分の1ずつで、兄500万円、弟500万円がそれぞれ受け取ることとなります。ところが、このケースで兄だけが父の生前、家を建てる費用の援助として500万円の生前贈与を受けていて、弟は1円も生前贈与を受けていないという場合、兄が受け取った500万円の生前贈与は特別受益に該当することになります。

 

そうすると、遺産分割時に「持ち戻し」という処理を行い、遺産1000万円+生前贈与500万円=1500万円を遺産とみなして、これを2分の1ずつわけ、それぞれ750万円ずつ取得するとみなす、という計算を行うのです。そして、実際には兄は500万円を父の生前に既に受領済ですので、兄はみなし相続財産の750万円から受領済の500万円引いて、250万円の遺産を受け取り、弟が残る遺産の750万円を受け取る、ということとなります。こうすることで、相続人間での公平を保つのです。

お金の動きを「裏付け」していった結果、ついに…

◆解決方針の決定

 

事情の聴き取りと滋賀二郎(依頼者、二男)の持参資料の内容を検討した結果、担当弁護士から滋賀二郎(依頼者、二男)には以下の方針を示しました。

 

まず、滋賀一郎(長男)が隠匿していると思われる株については、生前の父がある時期まで保有していたことの証拠を収集し、それが譲渡されていることを突き詰めて、本人に認めさせることとしました。

 

不動産評価額については、厳密に評価しようとすると不動産鑑定士への依頼が必要となるのですが、そうすると鑑定費用だけでも数十万円の負担となることから、まずは遺産のある土地の不動産価格に精通する地場の不動産屋さんに依頼して査定を出してもらい、その査定額を基準に交渉をすすめることにしました。

 

また、滋賀一郎(長男)や滋賀花子(長女)が隠している生前贈与の事実については、幸いにも父が過去数十年にわたって書き残していた膨大な量の家計簿が残されていましたので、家計簿の記載をしらみつぶしに調べて、該当する記載を整理して、できる限り追求していくことになりました。こうした事件の解決方針について滋賀二郎(依頼者、二男)が納得してくださり、弁護士を変更して我々に依頼を希望され、新たに我々が代理人に就任することとなりました。

 

◆遺産分割調停

 

代理人就任後、上記の解決方針に沿って、遺産分割調停内で証拠を提出していくこととなりました。

 

まず、滋賀一郎(長男)名義になっていた株式については、証券会社に過去の滋賀太郎(父親)の取引履歴の照会を行い、ある時期に「譲渡」の処理が行われていることを突き止めました。この照会結果を提出したところ、滋賀一郎(長男)も断念したのか、「失念していた」と言い訳をしながら父から名義変更になっていた株式の存在を認め、残高履歴を提出しました。

 

また、不動産価格については、地場の不動産屋に査定してもらった結果、申立人ら主張を大幅に下回る査定となり、その根拠資料と併せて証拠提出を行いました。

 

さらに、滋賀一郎(長男)や滋賀花子(長女)の生前贈与については、家計簿の記載などからその事実を丹念に洗い出し、裁判所に証拠として提出しました。また、同時に滋賀太郎(父親)名義の預金口座の過去の出入金履歴なども併せて調べ上げ、お金の動きを裏付けていく作業を行いました。滋賀一郎(長男)滋賀花子(長女)は、あくまでもシラを切り続けましたが、その言い分が不合理であることは証拠上明らかであり、こうした地道な証拠収集には長い時間を要しましたが、結果として、滋賀二郎(依頼者、二男)の主張する生前贈与が事実であることが、遺産分割調停を進めていくなかで明らかとなりました。

 

滋賀一郎(長男)、滋賀花子(長女)はあくまで争う姿勢でしたが、最終的には裁判所も滋賀一郎(長男)や滋賀花子(長女)への多額の生前贈与があったことは事実であると判断し、これらを特別受益として考慮したうえでの遺産分割案を相続人らに提示するに至りました。

 

裁判所の分割案は、当方の特別受益の主張をほぼ事実として認めたうえで、滋賀一郎(長男)や滋賀花子(長女)への譲歩案として一部の生前贈与をあえて特別受益としないこととし、他方、滋賀二郎(依頼者、二男)側への配慮から不動産評価額については滋賀二郎(依頼者、二男)側の査定額を採用する(つまり、評価額上は不動産を取る滋賀二郎(依頼者、二男)に有利となる)というものでした。

 

双方の主張への配慮と実際の分割のバランスが絶妙に調整された案であったため、若干の修正はあったものの全当事者が納得して合意に至り、調停成立により紛争の解決がなされました。長い時間を要しましたが、当初の分割案よりも滋賀二郎(依頼者、二男)の取得分は大幅に増え、また、滋賀二郎(依頼者、二男)は、何よりも自らの長年の主張がしっかりと事実として裁判所に認めてもらえたことを、非常に喜んでいました。

 

本連載は、「弁護士法人 あい湖法律事務所」掲載の記事を転載・再編集したものです。

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