多くの医療法人は「お金の健康状態」に問題がある
本連載でお話ししたいのは、医療法人の「お金の健康状態」が把握されていない現状、健康状態を悪化させてしまう知られざる原因、それを取り除くための具体的な対策、そしてこれからの時代の税理士活用法です。
最初に、筆者が実際に携わった事例を紹介します。
80歳を超えた医療法人の大先生が、真剣に事業承継を考えるようになりました。さっそく銀行のセミナーを受け、講師に医療法人の決算書を見せたところ……ショッキングな「診断」を受けたのです。
それは、退職金の金額が想定の1/3以下になってしまうということでした。出資持分の評価が設立当初の10倍、億を超える相続財産となっており、現状の対策では間に合わないことが判明したのです。
それだけではありません。そもそも「出資持分」という言葉自体を知らなかったこと、出資持分が相続財産である事実を初めて知ったこと……先生のショックは大きかったようでした。
見かねた知人から紹介をうけ、筆者がコンサルティングを行いました。対策プランニングの骨子は、以下の3つです。
① 出資持分評価を下げる(法人生命保険の活用)
② 出資持分の移転(生前贈与及び譲渡の組合わせ)
③ 遺言の作成(医療法人承継者以外への遺留分及び二次相続対策を考慮した遺産分割の仕組みの導入)
これらを実行した結果、資産を売却することなく事業承継を行う見込みがたっています。今では後継者の先生が理事長として活躍、大先生も安心して、医療業務に自分のペースで集中しています。
医療法人を経営し、次の世代に引継いでいくことは、1つの大きな社会的使命です。しかし、医療法人の税務全般のサポート、及び相続・事業承継コンサルティングを行っていると、ほぼすべての医療法人で、上記の事例のように、「お金の健康状態」に問題が見受けられました。その旨を伝えた際、先生たちが異口同音にいうのは「そんな話は初めて聞きました」ということでした。
3分で出来る医療法人の健康診断をしてみましょう!
厚生労働省の資料(種類別医療法人数の年次推移:平成31年度)によると、平成元年に11,244件だった医療法人の数は、平成31年時点で54,790件となっています。止まることのない高齢化に対応し、その数も増加しているのです。
全国の医療法人経営者の先生は、医療行為を通じて、地域の方の健康を守る役割を担っていると思います。しかし、人々の健康を守るという大切な使命の一方で、「医療法人の健康診断」を受けた経験のある方は、意外と少ないのではないでしょうか? そこで本記事では、医療法人向けに、「リスク診断シート」をご用意しました。
◆さっそく3分で出来る健康診断をしてみましょう!
さっそく、医療法人の健康診断を受けてみましょう。リスク診断シート[図表1]を見て、該当するものにチェックをつけていってください。
どうでしょうか。チェックが多いほど、医療法人としての「健康状態」が悪くなっている可能性が高いということになります。なかには、今回チェックをして、初めて気づいたこともあるかもしれません。
半分以上該当し、「重大な疾患につながる可能性があります」との診断結果が出て、不安に感じている方もいるのではないでしょうか。ご安心ください。まだまだ対策は間に合います。特に2,3,6,7,8,9,10に1つでも該当した方は、新しい発見があると思うので、今後の記事を参考にしてください。1つひとつ課題をひも解き、改善していきましょう。
◆なぜリスクが放置されるのか?
[図表1]の診断シートで、自身の抱えるリスクを発見した方もいることでしょう。もしくは、リスクがあることをうっすら知りながら、そのままにしていた方もいると思います。なぜ、このような事態が起こるのでしょうか?
1番大きな原因として挙げられるのは、医療法人の相続・事業承継における課題を診断し、解決する仕組みがないということです。なぜなら、現状の税理士の顧問契約には、基本的に相続対策は含まれていないのです。これには、時代とともに変化する税理士業界の業況が関係しています。
専門的な税理士に「セカンドオピニオン」を求めよう
◆税理士のセカンドオピニオンをうまく使い、医療法人経営における課題解決を
税理士の主たる業務が、帳簿及び申告書の作成、そして節税の提案であることは変わりません。しかし、税理士に求められる役割は、時代によって少しずつ変化しています。
昭和は高度経済成長期でした。税理士に求められたのは、先生たちのそばで寄り添うよき相談相手という役割であり、一種の家族のような存在であることでした。しかし、平成に変わると、経済成長停滞期となりました。デジタル化が進み、家族としての役割ではなく、事務のIT化の支援や、AI普及までの、低コストな作業代行を求められることが多くなりました。
そして最近、税理士事務所は大きく2つにわかれてきています。1つは、業務を効率的に処理する事務所、もう1つは、専門的なノウハウを持ち、課題解決をする事務所です。前者は増えているものの、コンサルティングを実践し、課題解決まできっちりサポートする税理士事務所は、まだまだ少ないのが現状です。
前者のタイプに顧問を依頼している医療法人の場合、リーズナブルに処理が進むメリットがある一方で、本来必要となるコンサルティングサービスを受ける機会に恵まれにくく、課題が長年にわたり放置されてしまう場合も少なくありません。
このような状況のなか、医療法人が税理士を「セカンドオピニオン」として活用するケースが増えています。たとえば、筆者の顧問先の1/5は、ほかの税理士事務所に帳簿や申告書の作成を依頼しており、弊社を財務及び税務の課題を解決するセカンドオピニオンとして活用されています。弊社はセカンドオピニオンとして、顧問税理士の先生や司法書士及び弁護士、保険外交員の方の協力を仰ぎながら、タッグを組んで医療法人を支援しています。
◆税理士に求められる新しい役割とは?
今の時代、「所得税」「相続税」「法人税」「消費税」についてバラバラに税金対策をするのは、ベストではありません。中長期的な視点で目標設定し、トータルで残る財産が多くなるように考えていくのが得策です。
「超少子高齢化」が進む令和の時代。医療法人が税理士に求めるべき役割とは何でしょうか? それは、医療法人経営の支援であり、スムーズな事業承継の支援であり、見えにくい「医療法人の健康状態」の問題を浮彫りにし、改善していくことだと筆者は考えています。
次回のテーマは、「役員借入金がある医療法人はお金が残りにくい?」です。医療機器が突如壊れ、お金が足りないからと、先生個人から医療法人にお金を入れるのはよくあることです。しかし、それが思わぬ「追加の税金」を作ってしまうとしたら、どうでしょうか? 事例やイラストを使って解説します。お楽しみに。
水越 康博
税理士法人DOORS 代表税理士
株式会社DOORSコンサルティング 代表取締役