中国経済の「減速」を示す統計が相次いで発表
中国国家統計局は2019年1月22日、18年名目GDP規模は90.03兆元、実質成長率6.6%で、年目標の6.5%程度を達成したと発表した。しかし、四半期毎の実質成長率は6.8%、6.7%、6.5%、6.4%と傾向的に低下しており、19年はさらに経済が減速するとの予想が強まっている。
世界経済へ与える影響が大きいこと、またそもそもGDP統計自体の信頼性に以前から疑義が呈されていることから、中国経済の減速を示す統計が相次いで発表されていることに内外の大きな注目が集まっている。
大通りに多くの軍人と、その破壊力が日に日に増している砲台、戦車、戦略核弾頭が整列している。なぜか隊列の最後尾にブリーフケースを抱えた2人の小柄な事務職員風の者がいる。
観覧席の習近平国家主席が驚いたように言う。
「あの2人の破壊力は核弾頭より大きいと聞くが、一体何者だ?」
公安部トップ「我々の部門の者ではない」
国防大臣「見たことがない連中だ」
最後に経済担当の李克強首相が口を開く。
「あの2人は国家統計局の…」
中国が2015年、北京で抗日70周年記念軍事パレードを挙行した際、中国ネット上に出回ったジョークだ。中国の影響力が経済面でも増す中で、統計局の職員は経済指標を操作することで核弾頭以上に世界を脅かすことができる。裏を返せば、中国の経済指標は信用できないということを揶揄しているともとれる。
その国家統計局は1月、18年経済実績を発表する直前の1月18日、17年GDPの修正値を発表した。3月初に北京で開催された全国人民代表大会(全人代)では、中央政府として19年成長率目標を6〜6.5%に引き下げ、それに先立って、1〜2月に開催された地方全人代でも、31省市区のうち約3分の2が19年成長率目標を18年から平均0.5%程度引き下げた(最低は天津の4.5%、引き下げ幅最大は重慶で、2.5%ポイント引き下げ6%に設定)。
また新華社傘下の経済参考報が2月、19年成長率は慎重に見て6.3%、第1四半期は6%を探る可能性があると、政府系経済誌としては異例の悲観的な報道をしたことにも海外が注目した。GDP統計の信頼性に対する不信に加え、世界経済へ与える影響が大きいことから、中国の成長率減速は内外で大きな注目を集めている。
経済統計の中でもとりわけGDPについては、以前から地方政府が発表する各GDP合計が中央政府の発表するGDPを大きく上回るなどで、その信頼性に大きな疑念が寄せられてきた。
近年両者の乖離は縮小傾向にはあるが、17年は以下に述べる下方修正で乖離幅は当初発表時より拡大し(各地区GDPが改訂されているか否かは不明)、18年も地方政府発表GDP合計額は中央発表数値より1.4兆元大きい91.46兆元、各地区成長率をそのGDPで加重平均した全国成長率は7%弱と中央発表6.6%を大きく上回っており、GDP統計に対する疑念は払拭されていない(参考:中国「経済統計」の水増し、矛盾の実態とは?)。
17年GDPを6400億元下方修正
国家統計局は18年経済実績を発表する直前に17年GDPの修正値も発表した。それによると、17年名目GDPは当初の発表82.71兆元から6400億元弱減少し82.08兆元、実質成長率は6.8%と当初発表6.9%から0.1%ポイント下方修正された。
過去の修正を見ると、1992〜2017年、名目金額が下方修正されたのは16年と今回の17年、実質成長率の下方修正は14年と17年のみで、その他の年は全て上方修正だった。05年以降で最も大きい修正は07年の2.36兆元、修正率(修正額/当初発表GDP額、名目ベース)9.6%だが、同年を境に修正幅は縮小してきている。
修正金額の内訳を産業別に見ると、農牧漁業、製造業が各々3349億元、2201億元の減少で、合わせて全体の減少幅の9割近くを占める一方、実質伸び率は何れも変わっていない。これに対し、情報通信サービス部門は金額では1051億元の減少に止まったが、実質伸び率は4.2%ポイントと下方修正幅が最も大きい。
農牧漁業、製造業の実質生産量の修正はなかったが、当該部門の物価が大きく下方修正され金額が減少したこと、逆に、情報通信サービス部門の実質生産量の下方修正幅は最も大きかったが、関連物価上昇率が大きく上方修正されたため、名目金額の減少幅はそれほど大きくならなかったことが窺える。
修正の要因として、下記2点が挙げられている(1月22日付新浪財経)。
①(第1次産業部門の修正が大きいことから)農業関連統計が分散し整備されていないことへの対応
②中央・地方政府ともGDP規模重視から経済の質重視に転換しており、最終数値確定前に水増しを是正した(挤水、つまり水分を絞り出す)
農業部門の金額の修正幅は05年以降で最も大きかったが、下方修正自体は一貫して続いており、また、そもそも統計資料の未整備は新たな要因というわけではない。全体として見ると、実質成長率は0.1%ポイントの小幅な下方修正に止まっているが、名目成長率は0.8%ポイント大幅に下方修正されている。
これは各産業部門の物価上昇率が下方修正され、現在価格で表示した名目金額が大きく縮小したことを意味している。中でも、農業部門を中心に価格を高く見積もって、金額を大きく見せていたものを是正した可能性が高いということだろう。
18年GDPとの関係とGDPデフレーター
17年数値の修正は18年の「発射台」が変わるという意味で、18年成長率にも一定の影響を及ぼしているはずだ。例えば、修正の影響を次のように検討している例がある(1月24日付央行観察)。仮に16年を基準年、つまりGDPデフレーターを1、言い換えれば16年実質GDPは発表されている名目GDP74.36兆元と同じと仮定すると、17、18年の実質GDPを以下のように算出することができる(国家統計局はその統計年鑑で各年の実質GDPを発表しているが、15年を基準年としているため、ここで議論している数値とは異なる)。
74.36兆元(16年実質GDP)×1.068(17年修正後実質伸び6.8%)
=79.42兆元(17年修正後実質GDP)
79.42兆元×1.066(18年実質伸び6.6%)
=84.66兆元(18年実質GDP)
17年修正前数値を使用し、17年実質GDPを計算すると、
74.36兆元×1.069(17年修正前の実質伸び6.9%)
=79.49兆元
84.66兆元(上記で算出した18年実質GDP)/79.49兆元
=1.065
つまり、18年実質成長率は17年が修正されなかった場合でも6.5%で、公表値6.6%とほぼ変わらない。
一般に、名目GDP(GDPN)は産業n(1〜X)の実質付加価値(GDPn)に現在価格P(P1、、、Px)を乗じた総和、つまり、
実質GDP(GDPR)は基準年の価格Pb(Pb1、、、Pbx)を乗じた総和
で算出され、GDPデフレーター(最も包括的な意味での物価上昇を示す指標)はGDPN/GDPRとして結果的に求められる。
また、GDPデフレーター上昇率は、
(GDPN/GDPR)÷(GDPN-1/GDPR-1)
=(GDPN/ GDPN-1)÷(GDPR/GDPR-1)
すなわち、名目成長率を実質成長率で除した値になる。
これに基づき、17年GDPデフレーターを計算すると、修正前の17年名目成長率は82.71兆元/74.36兆元=1.112、11.2%伸び、実質成長率6.9%のため、デフレーターは1.112/1.069=1.04、4%上昇だったが、修正後は名目成長率82.08兆元/74.36兆元=1.104、10.4%伸び、実質成長率6.8%で、デフレーターは1.104/1.068=1.034、上昇率3.4%と0.6%ポイント下方修正されている。
言い換えれば、17年実質成長率0.1%ポイントの小幅下方修正と、名目成長率0.8%ポイントの大幅下方修正の差0.7%ポイントは、物価上昇率の下方修正によって現在価格で評価した名目GDPが大きく縮小したことによる。
修正金額の内訳を産業別に見ると、農牧漁業の第1次産業部門が3400億元弱減で過半を占める一方、実質伸び率では逆に0.1%ポイント上昇、製造業も2000億元減だが実質伸び率は変わっていない。これに対し、情報通信サービス部門は金額では1000億元減に止まったが、実質伸び率は4.2%ポイントと下方修正幅が最も大きい。
農牧漁業、製造業の実質付加価値の修正はなかったが、当該部門の物価が大きく下方修正されたこと、逆に、情報通信サービス部門の実質付加価値の下方修正は最も大きかったが、関連物価上昇率が上方修正されたため、現在価値で計算した名目付加価値の減少はそれほどではなかったという説明が可能だ。
GDPデフレーターと他の統計との整合性
上記と同様の方法で、18年GDPデフレーターの上昇率を計算すると次のようになる。17年GDP修正前では、18年名目成長率は90.03兆元/82.71兆元=1.088、その場合の実質成長率が上記で算出した6.5%とすると、GDPデフレーターは1.088/1.065=1.022、つまり2.2%の上昇。
修正後では、名目成長率は90.03兆元/82.08兆元=1.097、実質成長率は6.6%で、1.097/1.066=1.029、上昇率2.9%となる。修正前の18年GDPデフレーター上昇率は消費物価指数(CPI)上昇率(2.1%)とほぼ同じだったが、修正後はCPI上昇率と工業生産者出荷価格指数(PPI)上昇率(3.5%)の平均値に近い。
これに対し、17年はCPI、PPIの上昇率は各々1.6%、6.3%で、修正前GDPデフレーター上昇率4%の方がCPIとPPIの平均値に近い。GDPデフレーターはCPIやPPIより包括的な概念で、CPIやPPIの動きと何らかの一義的な関係があるわけではなく評価は難しい。
しかし、実質GDPを算出する際に各産業部門の物価上昇率が使用されていると考えると、少なくとも17年については、修正後GDPデフレーター上昇率とCPIやPPIとの整合性をどう説明するのかという問題が残る。
17年GDPの修正が18年実績に及ぼしている影響は、少なくとも実質成長率についてはさほど大きくはない。修正前でも実質成長率は6.5%程度で目標は達成できていたはずであることから、修正は18年成長率を高くするため「発射台」を低くする操作ではなかったとする見方もある(上記新浪財経)。
ただ、修正がなければ17年6.9%→18年6.5%の成長率だったであろうものが、修正後は6.8%→6.6%になった。以前から中国の統計全般に対する信頼性に疑問が出されている中で、さっそく、修正は成長率減速を緩やかに見せるための操作だとの書き込みが中国ネット上に現れた。
17年GDP修正に際し、国家統計局は「速報と確報を2段階に分けて発表するとしたGDP統計発表規定に従い」とだけ述べているが、単に統計を精査したにすぎないのであれば、17年のCPIやPPIを始めとする物価関連統計も今後見直されるのか、GDP修正の背後にある物価上昇率見直しとCPIやPPIとの関係をどう理解すべきなのか、もっと説明・情報開示をすべきだ。そうでなければ、「中国当局はまたGDPを操作したのではないか」との内外の疑念を払拭することはできない。