※本連載では、相続・事業承継に関わる数々の問題を解決に導いてきた、日本経営ウィル税理士法人の税理士・東圭一氏が、「相続・事業承継」において発生しがちなトラブル例を取り上げ、事前にできる対策を解説する。今回は、事例をもとに現預金の暦年贈与を検討する際の留意点などを取り上げる。

妻が毎年110万円の範囲内で、娘の口座に貯金していた

【娘名義の預金残高1000万円の扱い】

 

税理士の東圭一は、資産家である甲から、長女の預金について困っていると相談を受けた。

 

長女がまだ小学生のころ、甲の妻(会社役員)は将来に備え、その娘の名義で預金口座を開設したという。当時は未成年ゆえ、通帳は預かったまま、毎年贈与税のかからない範囲(年間110万円以下)で自分の預金から地道に貯金(暦年贈与)を繰り返してきた。それから10年が経過し娘も20歳になったので、妻はそろそろ、印鑑と共に通帳を娘に渡したいと考えている。預金残高は1000万円になっていた。

 

最初にその話を聞いた甲は驚き、妻のやりくりを誇らしく思ったが、このまま預金を渡してしまってよいものか心配になった。20歳になったばかりの娘に、そのような大金は果たして必要なのか。この1000万円に贈与税がかかったりしないか。

 

確かに口座の名義は娘の名義となっているが、娘本人はもちろん、父親である甲さえも、この預金の存在を知らなかったのだ。名義に関わらず、この場合法律上は妻の財産とされるのではないか。もちろん、贈与税がかからずに済むのであれば、それにこしたことはない。しかし、税金の扱いは、素人では考えも及ばないような落とし穴がある。

 

この1000万円がどのような扱いになるのか困った挙句、甲は東に相談を持ちかけたのだった。

娘の財産となるのか、妻の財産となるのか?

【税理士による解説】

 

相続税法では、「相続又は遺贈により財産を取得した者については、相続税を課税する」と定めており、民法では、「相続は、死亡によって開始する(民法882条)」と定めています。すなわち、「親の死亡によって、相続人である子は親の財産を相続し、その相続によって得た財産について、相続税が課税される」ということです。

 

さて、今回のように、本人(娘)が知らないところで父母が口座を開設し、無理のない範囲で長年貯金をしていたという話はよく耳にします。1000万円は確かに娘の名義となっています。

 

しかし、娘の財産となるのか、甲の妻の財産となるのかは、口座開設した理由、口座の管理状況などを総合的に検討しなければ判断ができません。なぜなら、甲の妻が過去に娘の名義で預金口座を開設したというだけでは、娘に財産の贈与があったとは言えないからです。

 

「贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる」と民法549条で定めています。従って、口座を開いたときや、預金を贈与したときに娘が受託の意思表示をしていなければ、そもそも贈与は契約として成立していません。そうなると、1000万円は名義に関わらず娘の財産ではなく、妻の財産とされる(贈与税がかかる)のです。

 

しかし、同時に民法では、契約の当時者が未成年の場合、法定代理人である親が贈与の受託をしていれば、贈与契約が成立します。贈与契約が成立していれば、1000万円の預金は娘の財産となり(贈与税はかからない)、妻の財産にはなりません。

 

1000万円の娘名義の預金は、妻の財産となるのか、娘の財産となるのか。これを判断する基準としては、主に以下の4つが考えられます(法律上の基準ではなく、あくまでも過去の税務調査などからの経験則です)。

 

①贈与契約が成立しているか

贈与者の贈与の意思表示があり、受贈者の受託の意思があったのかということ

 

②贈与した財産が、受贈者に引き渡されているか 

預金であれば受贈者の名義にし、不動産であれば登記などで引渡しを受けているか

 

③贈与した財産の管理、運用を受贈者が行っているか 

 

④受贈者が贈与により得た財産の果実を取得し、受贈者が、その果実について所得税を負担しているか(申告を行っているかと考えても良いでしょう) 

 

贈与契約書及び贈与税の申告の有無は、①の贈与契約の意思表示があったことを証明するのに有用です。しかし、贈与契約書があっても、贈与の意思の欠如が別の事実で証明された場合には、贈与契約の存在自体を否認されてしまいます。

 

今回の場合、娘が未成年者であったので、両親が法定代理人として受贈の承諾を行った場合には、贈与契約の成立を肯定する要因にはなりますが、その後預金の管理を妻が行っている事実は、贈与契約の成立を否定する要因になります。

 

このように、上記に掲げた事実のひとつでもあれば良いというわけではなく、あくまでも贈与契約が成立したかどうかは、事実認定(※1)の問題になるということです。今回のケースは①から④の事実を総合的に判断して、贈与契約の存在を決定することになります(贈与契約の存在が確認できなければ贈与は成立しない)。

 

※1 法律効果の発生の前提となる事実の存否について判断すること

贈与しながら、親が預金を管理できる「信託制度」とは

ところで、今回のような事態に陥らないためには、どのような方法があるでしょうか。

 

未成年のうちに預金を本人に渡したくない理由のひとつに、「そのような預金があると、娘が好き勝手に浪費することになる。それが心配だ」ということをよく聞きます。それを解決する方法のひとつが、「信託制度」を利用する方法です。委託者、受託者が妻、受益者が娘という信託を設定すれば、甲の妻から娘に対して贈与があったものとみなされ(相続税法9条の2)ます。

 

この場合、受贈の意思の存在は必要なく、贈与そのものがあったとみなされるので、将来、贈与の事実がないということにはなりません。さらに、甲の妻は、信託の目的に合っていれば、娘のために資金を運用しても差し支えありません。

 

財産を子どもに渡したいが、浪費癖はつけさせたくない。しかし、名義だけとされて贈与を否定されるのも困る。このような場合、信託制度で親が預金の管理をすることも方法のひとつでしょう。

 

※本稿は執筆時点における一般的な内容を分かりやすく解説したものです。実際の税務・経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、税理士など専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

※本事例はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係ありません。

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