債務リスクが懸念される「2つの社会層」
前回の続きである(関連記事『中国家計債務の現状…預金伸び悩みと住宅関連債務という懸念点』参照)。全体として債務はなお危険な状況ではないにしても、個別に見ると状況は異なってくる。中国内外の中国語ネット上では、特に次の2つの社会層が潜在的に大きな債務リスクに晒されていると警鐘を鳴らす声がある(例えば2017年11月7日付天涯)。
第1は政府の「大衆創業、万衆創新(イノベーション)」の号令に呼応して起業しようとしている学生を始めとする社会層だ。中国政府は創新推進やベンチャー企業育成と、特に急増する大卒者を中心とした若年層の就業圧力を緩和するため、政策的に起業を呼びかけている。ただ起業は元来大きなリスクを伴っており、ある統計では起業してから3年以内に廃業する割合は約9割にのぼる。
起業が成功するには当人の能力や情熱、変革期で新たな市場や需要が発生していること、さらに十分な資本が必要だが、実際には、就職先が見つからず、やむをえず借金をして起業を目指す者が多いという。こうした層は数百万人に及ぶとみられ、大半が1、2年以内に起業をあきらめ、個人を対象にした破産法がないため、その後何年にもわたって多額の借金を抱え込む結果になっている。
第2はカードローンやネットローン市場(いわゆるP2P借貸平台を通じる少額融資)に依存するやはり大学生を中心とする若年層。これら市場の成長は著しく、業者間の市場獲得競争が激しい。そのため、安定的な収入がなくても、金融機関やネット平台(サイト)は積極的にローンを供与する傾向にある。
他方、若年層は流行の消費生活に敏感で、そのための資金を必要としている上に、こうしたローンを受けることにあまり抵抗がない。近年、中国で深刻な社会問題となっている「校園網絡(キャンパス・ネット)裸条」、つまり、ネット金融が女子学生に融資する際に不適切な写真の提出を担保に要求し、返済が滞ると、写真の公開を楯に脅迫するといった違法現象が多発している(図表1~3)。
[図表]ネット融資、特にキャンパス融資に警鐘を鳴らす風刺画
ミクロ的な「債務リスクの偏在」には要注意
中国当局は17年、P2P業者に対する監督を強化する一連の通知を発出したが、その1つが16年に続き、銀行監督委、教育部、人力資源社会保障部(人社部)が合同で発出した「校園融資規範の管理作業を一層強化する通知」だ。業者に対し新規融資を暫定的に停止し、組織の再編や市場からの退出についての明確な計画提出を求める強い内容で、逆に16年発出した関連通知の実効性があがっていないことをうかがわせる。
17年末ネットローン残高は1.2兆元強(前年比50%増)、ネット金融への資金出し手が1713万人(同25%増)に対し、借入者2243万人(同156%増)で、17年初めて借入者の数が資金出し手の数を上回った。借入者の中には学生を対象とした校園融資の他、通常の銀行融資を受けられない中小企業や個人業者が含まれる。
当局の管理監督強化を受け、業者数は前年比517社減少し17年末1931社で、18年末約800社にまで整理されるとの予測がある。このところ、業者整理の過程で、高利回りを求めてこうした業者に投資した資金を回収できなくなった資金出し手側の抗議デモが多発し、新たな社会不安要因として注目されているが、債務者側にとっても、健全な業者で市場が運営されることは極めて重要だ。校園融資に関する通知も含め、管理監督強化が市場を委縮させることなく、いかにその健全な発展を促すことができるか、政策の実効性が試されている。
なお、ネット金融業者所在地の3分の2が広東、北京、上海、浙江に集中し、融資額も北京、上海、広東だけで8割を超える。ここでも都市部への集中が顕著だ(以上の計数は網貸之家「2017年網絡借貸行業年報」による)。
中国の債務リスクが仮に制御不能になった場合、国有企業債務や地方政府債務は結局、国(言い換えれば、約14億人の中国国民全体)が負担することになるが、個人の債務は当人が負担する以外選択肢はなく、問題が顕在化した場合に生じる社会的影響はミクロ的にはより深刻になる。全体としてリスクはなお制御可能としても、ミクロ的には債務リスクが偏在している点は要注意だ。