今回は、国王への権力集中が進む「サウジアラビア」の現況を探ります。※本連載は、エネルギーアナリストとして活躍する岩瀬昇氏の著書、『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)の中から一部を抜粋し、中東の現情勢とエネルギー戦略を探ります。

王族内コンセンサスを尊重する政策は踏襲されず・・・

サルマーン第7代国王が2015年1月に即位すると、愛息ムハンマド・ビン・サルマーン王子を自らの後継者とすべく、着々と引き上げ始めた。

 

即位したサルマーン国王は、まず後任の皇太子にムクリン副皇太子を、副皇太子として甥のムハンマド・ビン・ナーイフ王子を任命した。初めての第三世代の副皇太子の誕生である。同時に愛息ムハンマド・ビン・サルマーン王子を自らの後任の国防大臣に任命し、さらに国家経済の核である国営石油「サウジアラムコ」の会長および経済運営全般を取り仕切る新設の経済開発会議議長にも就かせた。

 

なお、このころから、リヤドの外交筋は2人のムハンマド王子を区別するべく、ムハンマド・ビン・ナーイフ王子を「MBN」、ムハンマド・ビン・サルマーン王子を「MBS」と呼んでいると、欧米主力メディアは伝え始めていた。本連載でも便宜上、適宜MBN、MBSと表記する。

 

サルマーン国王はまず、第二世代の異母兄弟の中で、壮健で最年少のムクリン王子を副皇太子から皇太子に昇格させ、第三世代の中では比較的年長で、長い間、内務大臣を務め、テロ対策を含め国内治安の責任者として欧米の治安維持関係者の間でも評判の高いMBN内務相を副皇太子に据えた。

 

皇太子に加え、副皇太子をあらかじめ任命するやり方は、将来の王族内不和を防ぐべく敷いた、前アブドッラー国王の路線を引き継いだものだ。この時点では、サルマーン国王もこれまでどおり王族内コンセンサスを大切にする政策を踏襲するものと評価されていた。

 

だが、3カ月後の2015年4月になると、サルマーン国王はムクリン皇太子を更迭し、甥のMBN副皇太子を皇太子に昇格させ、愛息MBS王子を国防大臣など兼務のまま副皇太子に任命した。サウジはMBS国防大臣指揮のもと同年3月末にイエメン内戦に介入し、大規模な空爆を開始していたが、この政策を巡り、イエメン出身の母を持つムクリン皇太子との間に確執があったのではとの憶測もあったが、実情は明らかではない。

 

皇太子に昇格したMBNの父、故・ナーイフ元皇太子も、サルマーン国王と母を同じとする「スデイリ・セブン」と呼ばれる7人兄弟のひとりだった。したがって、この人事は、「スデイリ・セブン」を偏重するためにムクリンを外したと評価する向きが多かった。アブドッラー前国王の路線を少々引き曲げるものだ。

 

また、MBN皇太子には男児がいないことから、将来スムーズにMBSを国王にするための布石だろう、とも欧米のサウジ・ウオッチャーからはみられていた。

国家が持つすべての「暴力装置」を支配下に

ところが、サルマーン国王の深謀遠慮は、ここで留まってはいなかった。

 

それから2年2カ月後の2017年6月、国王は突然MBN皇太子を更迭し、副皇太子だったMBSを皇太子に昇格させた。後任の副皇太子は任命していない。これは、アブドッラー路線の完全否定である。

 

この突然の解任劇は、欧米メディアが「宮廷内クーデター」と称するほどの衝撃的な事件だった。

 

MBNは皇太子職を剥奪されただけでなく、父の代から数十年間にわたり支配してきた国内治安部門である内務省のトップからも外された。一部報道では、その後、「軟禁」されているとも伝えられている。

 

まだ、続きがある。

 

さらにMBS皇太子は、就任してから4カ月半後の2017年11月初旬、「腐敗撲滅」を理由とし、200人以上の王子や大臣、経済界の重鎮を拘束し、「国家から盗んだ」資産の返却を条件に多くの「容疑者」を釈放した。

 

世界を驚かせたのは、拘束された王族として、大富豪であり、アメリカの著名な投資家をもじって「アラビアのバフェット」と呼ばれるタラール王子に加え、アブドッラー前国王の息子で国家警備隊のトップであるムトイブ王子が含まれていたことだ。

 

国家警備隊は、国軍と同程度の戦闘能力を持つといわれており、長い間、アブドッラー一族が支配してきたところだ。国家警備隊とは、国軍が強くなり過ぎると王制打倒のクーデターを起こすリスクを抱えることから、別途、地方部族を中心としてつくり上げられていた組織である。

 

MBS皇太子は、これで国軍、警察治安当局および国家警備隊と、国家が持つすべての〝暴力装置〟を支配下に置いたことになる。

 

2016年8月に来日したこともあるムハンマド皇太子(MBS)は、1985年8月生まれの32歳。彼がサルマーン国王のあとを継ぐことはもはや揺るがすことのできない規定路線だ。若い彼が国王になると、即位後、数十年間は統治し続けるものと予想される。

 

本人も、3週間にわたる訪米初日の前日である2018年3月18日に放映された、アメリカの全国ネットのテレビ局CBSの人気番組『60ミニッツ』のインタビューで、「死が歩みを止める」まで向こう数十年間は王位にあるだろう、と答えている(『CBS 60 minutes: Saudi Arabiaʼs heir to the throe talks to 60 minutes』)。

 

また、ムハンマド皇太子が国王として即位するとき、彼より若い王子を皇太子に指名すると、多くの年長王子たちがどう反応するか、という問題も内包していることにも注意が必要だろう。

 

このように、サルマーン国王就任後のMBSへの権力集中は、王族内コンセンサスに基づいて統治するという、建国以来のサウド家の伝統をぶち壊すものだった。結果として、サウジアラビア(サウド家のアラビア)王国はサルマーニアラビア(サルマーン家のアラビア)王国に変質するのであろうか。

 

 

岩瀬 昇

エネルギーアナリスト

 

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    岩瀬 昇

    エネルギーフォーラム

    三井物産、三井石油開発に勤務した筆者が実体験を交えながらやさしく解説。日本の総合安全保障や外交政策にかかわる世界情勢と国際政治はこの一冊ですべてわかる!

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