現在に引き続き、混迷を極める「中東」国家間の争いについて、石油を軸に探っていきましょう。今回は、各国の対立をより詳しく説明します。※本連載は、エネルギーアナリストとして活躍する岩瀬昇氏の著書、『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』(エネルギーフォーラム)の中から一部を抜粋し、中東の現情勢とエネルギー戦略を探ります。

イギリスの「三枚舌外交」により誕生したイスラエル

前回の続きである。通販サイト「アマゾン」における同書の「内容紹介」に「今や中東の地は、ヨーロッパや世界への難民、テロを拡散する『蓋のないパンドラの箱』と化している」とあるように、ここ数年、シリア内戦および「イスラム国(IS)」が引き起こすテロと大量難民という悲劇により、人々の関心が中東に集っている。

 

だが、「百年の呪縛」の本質は、シリア内戦が終結しても、「イスラム国(IS)」がこの世から消え失せたとしても、いくつかの根本的課題が未解決のまま残されていることにあるのだ。

 

例えば、イギリスの「三枚舌外交」により誕生したイスラエルの存在がある。

 

「三枚舌外交」とは、フランス・ロシアとアラブ分割を目指し、「サイクス=ピコ協定」を締結したイギリスが、その一方でアラブ民族の独立を餌にオスマン帝国への反乱をそそのかした「フセイン=マクマホン協定」と、イスラエル誕生を確約した「バルフォア宣言」という矛盾する3つの約束をほぼ同時期に行った外交政策を指す。

 

イスラエルは、パレスチナ人の住む土地に「ユダヤ人の郷土」として建国された。追われたパレスチナ人は、アラブ諸国の支援を得て、イスラエルとの抗争を今日に至るまで続けている。

 

エジプトやシリアなどのアラブ諸国は、1948年以来、第一次オイルショックをもたらした1973年まで4度の中東戦争を戦っている。サウジも、戦闘にこそ直接は参加していないが、一貫してパレスチナの戦いを間接的に支援してきた。イスラエルこそがパレスチナを同胞とするアラブ全体の敵だったのである。

 

1978年のキャンプ・デービッド合意によりイスラエルとの和平に方向転換をしたエジプトは、それまでの4度の中東戦争をすべて先頭に立って戦ったにもかかわらず、以降、アラブ連盟からも追放され、中東の盟主としての地位から脱落した。ようやく1990年には復帰を許されたが、中東の盟主の地位は石油により豊かになったサウジが占めるようになっていた。

 

一方、中東に位置するもののアラブではないイランは、皇帝シャーの時代にはアメリカと密着し、アラブが禁輸措置をとっていた石油を秘密裏にイスラエルに供給していた。ところが、1979年にシャーを倒したイラン・イスラム共和国は、今度はアメリカとともにイスラエルを最大の悪魔として敵視している。

 

イランと対立するサウジは、「敵の敵は味方」だとしてイスラエルと手を組むのだろうか。

根深いクルドの問題、サウジとイランの地域覇権争い

また、トルコ東部、シリア東北部、クルド自治区を含むイラク北部、アルメニアおよびイラン北西部などに広がって暮らしているクルド人の存在も忘れてはならない。

 

オスマン帝国の時代には、クルド人が暮らすほぼ全域が帝国の版図内にあった。だが、オスマン帝国が解体された約100年前の第一次世界大戦の戦後処理の際、約3000万人ともいわれるクルド人たちの存在はほぼ無視されていた。

 

1920年の「セーブル条約」では、欧州列強は共産ソ連の南下策に対する防波堤の役割を期待して、「アルメニア」とともに「クルディスタン」の独立を認めた。オスマン王朝は、一族の身の安全と財産を保証されることを条件に、トルコ領土はイスタンブールとアンカラ周辺に限定するという、苛酷な条件をも受諾したのだ。

 

だが、独立戦争を戦い、オスマン帝国に勝利したトルコ共和国は、新たに「ローザンヌ条約」を締結し、トルコ領内の「アルメニア」および「クルディスタン」の独立を拒否した。

 

「アルメニア」は旧ペルシャ、のちに旧ロシア領内の地域のみで国家としての独立を達成したが、クルド人たちは、依然として国土を持たない最大民族として生存することを余儀なくされたのである。

 

その後、アメリカ主導の有志連合軍の攻撃によりフセイン・イラクが崩壊し、新生イラク共和国が2004年、連合暫定施政当局から統治権限の移譲を受け、2006年に新憲法が公布されるなかで「クルディスタン地域政府(Kurdistan Regional Government、以下、KRG)」として一定の自治権を持つ地域となった。

 

だが、政治的決着であるだけに曖昧な部分が多く、例えば、中央政府が認めるKRG支配地域以外にもKRGが実効支配している地域、支配地域として主張している地域などが混在している。さらに石油収入の配分を巡って中央政府とKRGは何度となく争いを繰り返している。

 

シリア、イラク北部に勢力を拡大していた「イスラム国(IS)」との戦いにおいて成果をあげて存在をアピールしたKRGは、中央政府との争いに決着をつけるかのように、2017年9月25日、独立の是非を問う住民投票を実施した。中央政府は何度となく「違憲で無効」と中止を呼びかけ、波及を恐れる周辺のトルコやイランも反対を表明した。既存秩序変更がもたらす悪影響を懸念するアメリカも国際連合も反対した。だが、KRGは投票を強行し、90%以上の「独立賛成」票を勝ち得た。

 

しかし中央政府は、経済封鎖・領空封鎖の実力行使で押さえ込みに入り、KRGのバルザーニ議長は辞任を余儀なくされた。さらに同年11月20日、イラク最高裁判所は、この住民投票を違憲であり、結果は無効との判決を下した。

 

かくてKRG独立の動きはいったん停止となった。

 

だが、KRG内もさることながら、シリアやトルコなどKRGの領域外に他民族と混在しながら暮らすクルド人たちは、これらの動きをどう見ていたのだろうか? 今後、どのような展開を期待しているのだろうか。

 

果たして世界中のクルド人たちが、ユダヤ人にとっての「イスラエル」のように、我が郷土として「帰れる場所」が実現する日が来るのだろうか。

 

イスラエルやクルドの問題に加え、サウジとイランの地域覇権争いもまた大きな波乱要因だ。イランは、「シーア派の三日月地帯」とも呼ばれるイラクやシリア、レバノン、イエメンなどでも自国勢力の拡大を図っており、サウジとしては看過できない事態となっている。

 

一方、サウジは、トランプ大統領の誕生により、オバマ政権時代と異なり、米国の支持や支援が期待できるため、イランの進出を実力で押し返そうとしている。

 

この原稿を書いている2017年から2018年にかけても、事態は目まぐるしく変化している。

 

本章(本書『超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編』第3章)では、中東諸国が「百年の呪縛」といわれる、このような数多くの課題にどう立ち向かってゆくのか、石油を中心に考えてみたい。

超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編

超エネルギー地政学 アメリカ・ロシア・中東編

岩瀬 昇

エネルギーフォーラム

三井物産、三井石油開発に勤務した筆者が実体験を交えながらやさしく解説。日本の総合安全保障や外交政策にかかわる世界情勢と国際政治はこの一冊ですべてわかる!

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