業績悪化の一途をたどる企業…解決すべき問題は山積み
会社をはじめることは簡単だけど「社長をやめること」は難しい。本連載のテーマです。
オーナー社長がキャリアを締めくくるのが難しい理由は、いくつか考えられます。その1つは、複数の問題が絡み合ってしまうことです。
関東のある企業の事例を紹介しましょう。業績は悪化し、ここ数年は大きな赤字を垂れ流しています。しかし、同時に業績回復を目指す努力は社長の生きがいとなっていて、撤退を困難にしていました。会社には銀行からの借金が溜まっていることに加え、社長が受け取れなかった給料が役員貸付金として何千万円も計上されていました。
また事業所の土地は社長の個人名義であるものの、建物は他者との共有名義で所有といった権利問題も抱えていました。すぐにでも権利関係を整理したいのですが、そこに敷地権(区分所有建物である一棟の建物の敷地に関する権利のことで、原則、建物と敷地を分離して処分することはできない)という新たな課題まで登場し、解決をより難しくしています。関係を解消するための方法次第では、新たな資金調達も必要になるでしょう。共有者それぞれに思惑があり、出口がまったく見えません。
そんな状況下、社長は末期のガンになり、医師から余命半年を宣告されました。急に迫ってきた社長個人の相続に視点を切り替えると、また違った問題が浮き彫りになります。
個人としては資産家なので、けっこうな額の相続税の納税が必要になります。会社への貸付として計上されている債権が、相続財産をさらに膨れさせ、ひいては税金を増やします。株式は、誰に相続させるのがいいか。そもそも、会社を継ぐ人間はいるのか。もし会社をたたむのならば、会社の借金を返す必要が生じます。納税もしなければいけないのに、それは可能なのか・・・。
と、軽く問題を列挙しただけでこのありさまです。一読しただけでは状況が頭に入らなかったかもしれません。会社の経営とプライベートな領域、法律や税金など複数の分野にまで問題が及んでいることを押さえてください。関係者も「何をしていいのかわからない」「どこから手をつけていいのか」と困惑し、すがるように筆者に相談をもちかけてきました。
「1つの解決策」が他の問題を複雑化させることも
このケースは特に問題が複雑で、かつ、時間の制限も厳しいものでした。ただ、他の事業承継でも、問題が1つで済む場合なんてありません。複数の問題が絡み合うケースばかりです。こんな現実に対して、一般的な問題解決のアプローチにはシンプルな状況が想定されています。
たとえば「自社の株価が高くなり、相続税の納税額が大きくなってしまう場合はこうしましょう」といった具合です。本当に問題がそれだけならば、言われるとおり実行すればいいだけです。
しかし通常、それだけではおさまりません。株価を気にする前に、後継者を誰にするかで悩んでいるかもしれません。対策が他の相続人候補の権利や心理を傷つけないように、ケアをしなければいけないかもしれません。相続税のために講じた株価対策が、経営に悪影響を及ぼさないような配慮も必要です。
1つの問題だけを解決すればいいという話ではありません。逆に、1つの問題解決の策が他のところに悪影響を与えたり、新たな問題を呼び起こしてしまうこともあります。そうならないためには、事業承継に広く目を配りながら、問題解決を図らねばいけません。部分的な最適化は、全体にとってマイナスになってしまう場合もあるのです。
ところが、それを助けるはずの専門家と呼ばれる人材もまた「ある分野だけの専門家」です。経営、相続、会社法、相続税、人事・教育、М&A、資産・・・と様々な分野に関わる事業承継ですが、全体を担える人材はいないでしょう。
事業承継の専門家を名乗っていながら、実際には相続税周辺の業務しか手掛けていなかったりするのが、典型例です。他の分野との関係性の中から、全体にとって一番良い作戦を導きだしてもらうのは難しいでしょう。
これから事業承継を考える社長としては、「自分には見えていない問題がある」くらいの謙虚なスタンスが良い結果を導きます。1つの問題だけに目を奪われ、他の問題を見落としている社長がよくいらっしゃいます。まずは、様々な分野からの視点を集めることを心がけてください。
奥村 聡
事業承継デザイナー/司法書士/公益財団法人神戸市産業振興財団100年経営支援
事業統括アドバイザー