経営理念は本当に必要なのか?
みなさんは、お勤めの会社の経営理念を暗唱することはできるでしょうか。経営理念への取り組みは会社によって様々で、朝礼で唱和したり、名刺に記載したりする会社もあれば、ホームページや額に飾ってあるだけで全く話題にしたことがない、という会社もあります。この経営理念を必ずしもすべての会社が大事にしている、というわけではないようです。
では、経営理念は本当に必要なのでしょうか。
2010年に会社更生法を適用したJALは、3年足らずでV字回復を達成し、再上場したというのは皆様もご存知かと思います。当時再生の旗振り役として会長に就任した、京セラとKDDIの創業者で「アメーバ経営」の提唱者でもある稲盛和夫氏が最も力を入れたのが、JALの経営理念ともいえる「フィロソフィ」の策定と、その浸透による社員の意識改革だったといわれています。
このことから、激しいリストラを伴う企業再生だからこそ、その礎となる正しい理念とその浸透による意思統一が重要であると考えていたことがうかがえます。
経営理念とは、広辞苑では「企業経営における基本的な価値観・精神・信念あるいは行動基準を表明したもの」と記載されていますが、すこしわかりにくいので、このように考えてみてはいかがでしょうか。
会社を含めた組織とは、ある「共通の目的」を達成するために集まった秩序のある集団のことを言います。経営理念とは、この組織が達成すべき「共通の目的」のことです。どんな組織も共通の目的がなければただの集団でしかなく、まったく力を発揮することができません。つまり、経営理念は組織に方向性を与え、その力を十分に発揮するための指針となるべきものなのです。
しかし、ここで一つ疑問が湧く方もいるのではないでしょうか。経営理念を一切掲げていない会社も実際には存在しており、業績も悪くないことが多々あるということです。
実は、経営理念とは明文化されて発信されているものだけではありません。例えば、社長が売上に執着している場合、その言動から社員は売上の獲得がこの会社の目的であると認識し、それが暗黙の経営理念として会社の中で機能していることがあります。この場合、経営者の想いや思考パターンが暗黙の経営理念になっているのです。このような事例は組織の規模が小さいほど多くなる傾向にあります。
ビジョンが詳細なほど、経営課題は具体的になる
ここで、もう一つのテーマであるビジョンについて取り上げたいと思います。
ビジョンとは、「将来の理想像」や「あるべき姿」とされています。経営理念とどのような違いがあるかというと、経営理念は自社が社会にどのような影響を与えるのか、そして社会にとってどのような存在なのか、といった対外的なアプローチから策定されますが、ビジョンは「これを達成したい、こうなりたい」、という経営者や社員の夢や願望といった自己発信的なアプローチで作られていることが多いと言えます。
スタートアップ期の会社では、「こういう会社にしたい」というビジョンがあっても経営理念はない、ということはよくあります。
ビジョンは組織の存在する目的そのもので、経営理念と同様に、組織に人を集め、方向性を与え、力を発揮するための指針となるものです。ビジョンを明確にして発信することは、組織に以下のような力を与えることができます。
●自社に合った人を集めることができる
その会社がどんな夢に向かって進んでいくのか、その中でメンバーそれぞれに求められる人材像や役割はどのようなものかが明確になり、共感する人材を集めることができます。
●経営課題がみえてくる
自社のビジョンと現状を比較し、不足する資源や能力が明確になることで、取り組むべき経営課題を明確にすることができます。ビジョンが詳細なほど、経営課題は具体的になります。
●判断の基準となる
ビジョンが判断の指針となり、社員全体の判断に方向性を示すことができます。
ビジョンを発信するには、出資者や従業員に自社の将来像がイメージしやすい表現が必要となります。
重要なのは理念と事業の一貫性
スタートアップ期の会社ではまずビジョンを、と先述しましたが、経営理念は必要なのでしょうか。
下記の図表では、企業の規模が大きくなるほど経営理念を策定している割合が大きくなっていることから、経営理念の浸透が組織拡大と収益性に貢献しているように見えます。
しかし実際は、組織の規模拡大の過程の中で、社員の意思統一の必要性を認識したり、社会に与える影響の拡大を自覚し経営理念を作成していることも多いのが現状です。組織はその成長とともに、経営理念を通じて社会とのかかわり方について向き合い、理念と事業の一貫性を確保することが必要になります。
[図表]
当然ですが、社長自身が経営理念をないがしろにし、理念に反する言動を発することは従業員や利害関係者を大きく失望させます。「社員を大事に」という理念を掲げているのに長時間残業やパワハラが蔓延している、といった状況は、経営者として避けるべきです。