M&Aを考えたきっかけは「自身に迫る病魔」
都内にて内装工事業S社を経営していたT社長(72歳)。人手不足が深刻な建築業界であっても100人程の職人を擁し、オリンピックを控えた近年の建設ラッシュも追い風に順調に会社の業績を伸ばしてきました。
ある日、ご自身の身体に異変を感じ病院に行くと医師から告げられたのは「末期がん」。すぐに頭に浮かんだのはご自身の会社のことでした。自分が急死したら従業員たちはどうするのか、自分の代わりに誰が経営してくれるのか・・・。様々な不安が一気にT社長を襲いました。
そこでT社長は40歳になるご長男に会社を継いでくれるかの意思確認をしました。しかし息子から返ってきたのは、「今の仕事を続けたい、いきなり経営者として会社に入るのは難しい」という言葉でした。
期待を裏切られ大変ショックを受けたT社長は、もう会社を廃業するしかないと考え顧問税理士に相談したところ、顧問税理士より提案されたのはM&Aによる事業承継でした。
M&Aという言葉は大企業同士のものだとしか思っていなかったT社長は大変驚きましたが、「会社を守ることができるのなら」と顧問税理士が紹介した弊社(日本経営承継支援)に、相手探しを依頼されました。
譲受先選定の決め手は、金額よりも「信頼」だった
末期がんを宣告されたT社長にとって時間の余裕はありませんでしたが、①従業員の雇用をしっかり守ってくれること、②業界や自社の経営方針をきちんと理解し、取引先とも良好な関係を築いてもらえること、③今まで以上に会社を成長させてくれること、を条件に候補先の探策がはじまりました。
内装工事業は中小企業のM&Aにおいては人気業種の一つであり、すぐに複数社から手が挙がりました。その中で、埼玉県にて内装工事業を営むY社がベストであると考え、Y社と交渉を進めることにしました。
実は、Y社がT社長に提示した条件は、他の候補先のものと比べると見劣りするものでしたが、それでもT社長がY社を選んだのには2つの理由がありました。
1つめは意思決定スピードです。T社長のご病状も理解し、通常のM&Aでは考えられないスピード感で話を進めるとY社がT社長の目の前で断言したことが大きな要因となりました。
2つめは事業シナジーです。東京と埼玉というエリア、床工事を得意とするS社と壁・天井工事を得意とするY社のそれぞれの得意領域、更に、主要な取引先も相互補完し合える、という3つのシナジーから、Y社であれば、取引先とも良好な関係を築き、会社を今まで以上に成長させてくれるという確信を持てたのです。
事業承継・M&A後は、関係者が期待していた以上に双方の会社の業績は拡大し続けています。売り手であるT社長、S社の従業員の皆様、譲り受けたY社も含め、関係者全員が満足いく結果となりました。本件の事業承継・M&Aは大成功であったと言えます。
意思決定までのスピードが求められ、かつ、譲受先に対しては、S社の経営方針について深い理解を求めるという状況の中、Y社がT社長の期待以上にS社を理解し、今後の事業連携による双方の具体的な成長の絵を素早く描けたことがT社長の信頼につながり、金額を含めて条件面では劣後していたものの、結果としてY社が譲受先として選定されたのです。
M&Aの譲受先は、単純に価格を含めた条件面だけで選定されるものではありません。譲渡側・譲受側双方がお互いの想いを深く理解し合い、関わる人全員にとって最高の結果をもたらすことができるか、これこそがM&Aを真の意味で成功させるために最も大事なことであると改めて強く感じた案件でした。