▼工房・作業場
女騎士「おお~! すごい数の印鑑なのだ!」
ドワーフ「印鑑ではない、『活字』だ。鉛と錫の合金で作った金属の塊に、文字を刻んである」
女騎士「活字?」
ドワーフ「いいか、見ていろ。こうやって木枠に活字を並べて、耐熱紙に押しつけると……」
ギュウ
ドワーフ「耐熱紙に文字の形の溝ができる。これを『紙型』と呼ぶ」
女騎士「ほほー」
ドワーフ「『紙型』の上に薄く鉛を流せば、文字の刻まれた鉛の板ができる。これが『鉛版』だ。あとは、この鉛の板にインクを塗って、製本用の紙に押しつければ……」
ガシャッ!!
ドワーフ「……文章を印刷できる」
女騎士「まるで魔法だな」
司祭補「手書きせずに本を作れるのですわね?」
ドワーフ「さようでございます。この装置さえあれば、精霊教会の経典をより安く、よりたくさん作ることができるのです」
司祭補「手書きなら1冊作るのに1年ほどかかりますけれど……」
ドワーフ「この装置なら、1週間……。いいえ、活字さえ組んでしまえば数日で作ることが可能です」
ドサッ
ドワーフ「こちらの経典は、この活版印刷機で作ったものです」
司祭補「本の大きさや重さは、手書きのものと変わりませんわね」
ドワーフ「精霊教会の威厳にふさわしい大きさと重さが必要だと考えました」
女騎士「文字の形が揃っていて読みやすいのだ」
黒エルフ「たしかにすごい発明ね……。だけど、問題は儲かるかどうかよ」
ドワーフ「この装置は精霊教会の教えを広めるためのものだ。金儲けの道具ではない!」
黒エルフ「つまり、儲かってないのね?」
ドワーフ「う、うむ……。わしの経典は1冊1千Gだ。手書きの本の20分の1の値段。飛ぶように売れると思ったのだが……」
女騎士「実際には、それほど儲からなかった?」
ドワーフ「うむ、むぅ……。そうなのだ」
黒エルフ「たしか先々月、あなたはうちの銀行から150万Gを借りたわよね」
ドワーフ「ああ。その全額を活版印刷機の製作に使った」
黒エルフ「ちなみに、この装置は何冊の本を刷れるの?」
ドワーフ「正確には分からんが、最低でも5千冊は修理なしで印刷できるだろう。微調整は必要だがな」
黒エルフ「150万Gで5千冊が刷れるなら、1冊あたりでは300Gの計算になるわね」
ドワーフ「それ以外に、紙やインク、装丁用の金具、人件費などで本1冊に380Gほどかかる。合計680Gの原価だ」
女騎士「人件費?」
ドワーフ「わしの生活費だ」
司祭補「1冊1千Gで売れば320Gの儲けになりますわ」
女騎士「利益が出るはずの価格設定だ。なぜ儲からなかったのだ?」
ドワーフ「そ、それは……」
黒エルフ「簡単よ。数が売れなかったんでしょう」
司祭補「あらあら、まあまあ……。先月は何冊売れましたの?」
ドワーフ「……10冊、です」
女騎士「たったの10冊!?」
黒エルフ「先月の売上は1千G×10冊だから、1万Gね」
司祭補「紙やインクや人件費には、380G×10冊で3千800Gかかったはずですわ」
ドワーフ「はい。1万Gから3千800Gを差し引いて、今わしの手元には6千200G残っています。帝都の銀行は、この50%を払えと言っているのです」
司祭補「6千200Gの50%なら、3千100Gですわねぇ……」
黒エルフ「手元に残る金額も3千100Gね。本を10冊作るには3千800Gが必要だけど、それにも足りないわ」
ドワーフ「帝都銀行にカネを払ったら、商売を小さくするしかない。払わなければ融資は打ち切りで、担保を奪われる……」
黒エルフ「戦争の準備で、最近では金属の値段が上がっているわ。印刷機に使われた真鍮や鉛を売れば、いい値段になるはず。帝都銀行の狙いはそれでしょう」
ドワーフ「くそっ! 発明の価値が分からん俗物どもめ……!」
女騎士「しかしみんな暗算速いな」
黒エルフ「あんたが遅いのよ」
女騎士「どうだ、また私たちの銀行から融資を受けないか? 帝都銀行のように無茶な条件は出さないぞ」
ドワーフ「ふんっ、余計なお世話だ。そうやって、わしをまた騙すつもりだろう?」
司祭補「この方たちは信用できますわ」
ドワーフ「司祭補さまのお言葉を疑うつもりはありません。わしはもう、銀行を信じられんのです」
黒エルフ「あんたねえ、人がせっかく親切に言っているのに──」
ドワーフ「帝都銀行の連中だって、親切そうな顔で近づいてきたわい」
黒エルフ「もうっ、これだからドワーフは! 呆れるほど石頭!」
女騎士「まあ落ち着け。……では、帳簿だけでも見せてもらえんか? 間違いがないか確認させて欲しい」
ドワーフ「帳簿だと? だ、だが──」
司祭補「この方たちを信じてくださいまし♪」
ドワーフ「ううむ……。司祭補さまがそうおっしゃるなら……」
女騎士「任せて欲しいのだ!」
ドワーフ「ただし、見るだけだ! おたくらが何をしようと、カネを払うのも、受け取るのも、わしはごめんだからな」