地主の承諾に代わる「賃借権譲渡許可」の申立て
前回の続きです。
次に、(2)底地権・借地権の共有トラブルを解決する際のポイントをみていきましょう。
まず、底地権の持分を取引対象とする場合には、借地人との権利関係の調整が必要となります。第二章で取り上げた【事例17】賃料の低い底地権の共有をめぐり兄弟の意見が食い違っていた例では、時間をかけて権利関係の調整を行った後で、Rさんの持分を売却することに成功しました。
一方、借地権に関しては、持分を売却するにあたり地主の承諾の有無が問題となります。
すなわち、借地権を売却する際には、借地の貸主(地主)の承諾が必要になってきます。しかし、地主の中には借地人が変わることを嫌い、承諾を拒否する人も珍しくありません。
そのような場合には、裁判所に対して「賃借権譲渡許可」の申立てをして、地主の承諾に代わる許可を受けることにより、借地権の持分を売却することが可能となります。
「賃借権譲渡許可」の申立てに関する裁判は借地非訟の形で取り扱われることになります。借地非訟とは、借地権の法律関係に関する事項について、 裁判所が簡易な手続きで地代や賃貸人の承諾等に関する決定を行うものです。
借地非訟の申立てから、裁判所による決定までの具体的な流れは以下のような形になります(東京地裁の場合。裁判所ウェブサイトhttp://www.courts.go.jp/をもとに作成)。
①借地権者(申立人)が、民事第22部に申立書を提出する。
②裁判所が、第1回審問期日を定めるとともに申立書を土地所有者(相手方)に郵送する。
③裁判所は、第1回審問期日を開き、当事者(申立人及び相手方)から陳述を聴く(必要に応じて第2回、第3回と期日を重ねる)。
④裁判所が、鑑定委員会に、許可の可否、承諾料額、賃料額、建物及び借地権価格等について意見を求める。
⑤鑑定委員会が、現地の状況を調査する(当事者も立ち会う)。
⑥鑑定委員会が、裁判所に意見書を提出し、裁判所は意見書を当事者に送付する。
⑦裁判所が、鑑定委員会の意見について、当事者から意見を聴くための最終審問期日を開き、審理を終了する。
⑧裁判所が、決定書を作成し、当事者に送付する。
書籍『あぶない!!共有名義不動産』第二章で取り上げた【事例18】借地権付き建物の持分を貸主の承諾なしに売却したい例でも、地主のT氏は借地権を戻してほしいとの一点張りで、承諾を拒否し続けたため、Sさんは賃借権譲渡許可の申立てを裁判所に行いました。その結果、時間はかかったものの、どうにか持分の売却に成功しました。
離婚前の共有持分の売却には、財産分与の問題も・・・
最後に、(3)夫婦が共同で購入した不動産の共有トラブルに対応する際の注意点です。
第二章で触れたように、この問題については、持分を処理するのが離婚前なのか、後なのかによってポイントが大きく変わることになります。
まず、離婚前の共有持分の売却に関しては、財産分与の問題が絡んできます。第二章で紹介した【事例15】離婚できずローンも払い続けている、夫婦の共有名義不動産のケースをもとに具体的に説明しましょう。
同ケースでは、Pさんとその妻が婚姻してから一軒家を共同購入しました。それぞれの持分は、Pさんが10分の9、妻が10分の1でした。
これだけを見ていると、Pさんは10分の9の持分を自分の権利として持っているのですから、それを売ることには何の問題もないように思えます。
しかし、仮にPさんと妻の離婚問題がこじれて裁判となった場合、Pさんが10分の9の持分を持っていると主張してもおそらく認められないでしょう。裁判所は、「一軒家は婚姻中に取得した財産であることから、財産分与の対象に含まれることになる。したがって、妻には潜在的持分として2分の1がある」と判断するはずです。
つまり、Pさんは一軒家に関して持分を2分の1のみ、しかも潜在的にしか持っていないとみなされてしまうわけです。そして、この2分の1の潜在的持分が顕在化するのは、離婚が成立して財産分与がなされた後になるので、それまでは持分が確定していないものとして取り扱われることになるでしょう。
また、そもそも夫婦は、互いに扶助義務を負っています。すなわち、民法752条は、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と定めています。にもかかわらず、夫婦の一方が一緒に暮らしていたマイホームの持分を第三者に売却することは、この扶助義務に反するものといえるでしょう。たとえば、先ほどのケースでPさんから持分を購入した第三者は共有物分割請求訴訟を提起することができます。その結果、マイホームは競売されることになるかもしれません。そうなれば、Pさんの妻は住む場所を失う可能性もあるのです。
このような夫婦間の扶助義務等に配慮して、離婚が成立する前に、夫婦が婚姻中に共同購入した不動産の持分を他方が処分することや、あるいは共有名義不動産の分割を求めることに対して、裁判所は否定的な見解を示しています。たとえば、婚姻中に妻と共同で新築した自宅について、自己の持分を根拠に夫が妻に対し共有物分割請求訴訟を起こした事案に関して、東京高裁は、以下のように「夫の請求は権利の濫用として許されない」と断じる判決を出しています。
「民法258条に基づく共有者の他の共有者に対する共有物分割権の行使が権利の濫用に当たるか否かは、当該共有関係の目的、性質、当該共有者間の身分関係及び権利義務関係等を考察した上、共有物分割権の行使が実現されることによって行使者が受ける利益と行使される者が受ける不利益等の客観的事情のほか、共有物分割を求める者の意図とこれを拒む者の意図等の主観的事情をも考慮して判断するのが相当であり(最高裁判所平成7年3月28日第三小法廷判決・裁判集民事174号903頁参照)、これらの諸事情を総合考慮して、その共有物分割権の行使の実現が著しく不合理であり、行使される者にとって甚だ酷であると認められる場合には権利濫用として許されないと解するのが相当である」(東京高裁平成26年8月21日判決)
一方、離婚後の共有持分の売却に関しては、離婚が成立している以上、通常は財産分与も終わっているはずです。そうだとすれば、すでに持分は確定していますし、また元夫と元妻の間には扶助義務が存在しませんので、持分を売ることも、不動産の分割を求めることも問題なく行うことができます。
第二章で紹介した【事例16】離婚後に連絡が取れなくなった元夫との共有名義不動産が問題になったケースでも、Qさんは元夫と2人で住んでいたマンションの持分を無事売却することができ、住宅ローンの負担からも解放されました。