▼銀行家の邸宅
女騎士「……人が、消えている?」
司祭補「はい。まるで煙のように、1人、また1人と姿を消しているのです」
黒エルフ「やめてよね、そんな怪談じみた話」
女騎士「しかし、人が消えたのは事実なのだろう?」
司祭補「ご見識の広いお2人なら何か分かるかと思い、ご相談したのですが……」
黒エルフ「うちは銀行よ。消えたカネを探すならともかく、人探しなんて専門外だわ」
司祭補「はい……」
黒エルフ「だいいち、怖がりすぎよ。まるで人をさらうお化けが出たみたいに深刻な顔しちゃって」
女騎士「人をさらうお化けはたくさんいるからなぁ」
司祭補「いますねぇ」
黒エルフ「え」
司祭補「どうかお力をお借りできないでしょうか?」
黒エルフ「わ、悪いけど最近は忙しいの。全額返済してくる取引先が増えていて、その対応でてんてこ舞いなんだから」
司祭補「全額返済ですか。銀行業のほうは好調でらっしゃるのですね」
黒エルフ「そうでもないわ……」
女騎士「なぜだ? 貸したカネを回収できるのは良いことだろう」
黒エルフ「いいえ。あんたも銀行を手伝っているんだから、これくらい理解していなさいよね。全額返済されることは、必ずしも良いことではないわ」
女騎士「?」
司祭補「どういうことでしょう?」
黒エルフ「しかたないわね、簡単に説明するけど──」
──ガチャ!
幼メイド「こちらのおへやなのですぅ〜!」
銀行家「私の書斎です。長旅ご苦労様でした」
行商人(?)「いえいえ。旦那様のご注文とあれば大地の裏側にだって飛んでいきますよ」
銀行家「あはは。それは心強い!」
幼メイド「お荷物お持ちしますぅ〜」
女三人 ぱちくり
銀行家「おや、みなさんもお揃いでしたか! ちょうど良かった!」
黒エルフ「ちょうど良かった?」ジト……
女騎士「銀行家さん、そちらの方は?」
司祭補「まあ! 書籍商さんではありませんか!」
行商(?)「司祭補さま! こんなところでお目にかかれるとは光栄です!」
銀行家「お2人はお知り合いでしたか。……女騎士さん、こちらの方は書籍商さんでらっしゃいます」
書籍商「私は書物を専門に商っております。今日は、ご注文いただいた本の書き写し作業が終わったので、納品に来たのです」
女騎士「そうか。人間国では魔法の使える者が少ないから、手作業で書き写して製本しているのだったな」
銀行家「注文から1年……やっと読むことができます!」
幼メイド「ん〜! む〜!」
女騎士「どれ、私が代わりに運んでやろう」ヒョイ
幼メイド「ありがとうなのですぅ」
女騎士「この行李に、商品の本が入っているのだな。ふむ、これは……気軽に持ち運べる重さではないな」
書籍商「本は高価なものですからね、盗まれないようにわざと重たく作っております」
司祭補「つい先日、わたしも本を作っていただいたばかりですの」
書籍商「精霊教会の経典ですね。その節はお世話になりました」
司祭補「そちらの本には鉄の鎖をつけていただきましたわ」
女騎士「鎖?」
黒エルフ「それも盗難防止のためでしょ。鎖で柱につないで、教会に来た人なら誰でも読めるようにする」
司祭補「わたしとしては、良心の鎖があれば鉄の鎖など要らないと思ったのです。けれど、侍女さんがどうしてもつけろと言うので……」
黒エルフ「それは侍女さんが正解ね」
司祭補「信者のみなさんを疑うようで気が引けたのですが……」
黒エルフ「人の心は、鉄よりもはるかに脆いのよ」