「今日は予定があるから」近くなったからこそ決めた境界線
実際に暮らし始めると、同じマンションの便利さを感じる場面はすぐにありました。
引っ越し直後には、由佳さんの夫が家具の組み立てを手伝ってくれました。信一さんが風邪をひいたときには、由佳さんが仕事帰りに飲み物や食べ物を届けてくれたこともあります。
一方、孫たちが学校帰りに突然やって来ることはありません。
「今日行っていい?」
まず連絡が来ます。予定がなければ「おいで」と答えますが、夫婦で出かける日は「今日は予定があるから、また今度ね」と断ることもあります。
最初に決めた約束を、娘夫婦も守っていました。
内閣府の同調査では、同居または近居を希望する65歳以上1,611人にそのメリットを尋ねたところ、「ちょっとした手助けが必要な場合に安心して過ごせる」が88.7%と最多でした。一方、「自立した生活ができなくなった場合に世話をしてもらえる」は43.9%、「子や孫の世話ができる」は27.0%です。近居に期待されるものは、必ずしも日常的な世話だけではないことが分かります。
美智子さん自身、そのことを実感する出来事がありました。ある週末、由佳さんから「明日、子どもたちを3時間くらい見てもらえない?」と頼まれたのです。
その日は夫婦で美術館へ行く予定でした。以前の美智子さんなら、近くに住んでいるのだから断りにくいと感じたかもしれません。
しかし、「明日は予定があるから難しいな。来週なら大丈夫だよ」と答えました。由佳さんも「分かった」と、それ以上は頼みませんでした。
「そこで変に申し訳なく思わなくていいんだ、と分かったんです」
もちろん、線を引くことばかり考えているわけではありません。
月に何度かは孫たちと夕食を食べます。学校行事を見に行くこともあれば、娘夫婦が忙しい日に孫を預かることもあります。以前より会う機会は確実に増えました。
それでも、美智子さんは「孫中心の生活になった」という感覚はないと言います。
「会いたいときにはすぐ会える。でも、今日は夫婦で出かけようと思えば出かけられる。それくらいが私たちにはちょうどよかったんです」
同じマンションへの住み替えが、どの家族にも適しているわけではありません。物件価格や管理費、修繕積立金といった住宅費の検討も必要です。また、距離が近ければ自然に良好な関係を保てるとも限りません。
一方、近くに住むことと、生活を一体化させることは別です。どのくらい行き来するのか、孫の世話をどこまで引き受けるのか、夫婦自身の予定をどう優先するのか。住み替える前に家族で話しておくことで、近居の安心感と、それぞれの暮らしを両立しやすくなるでしょう。
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