大黒柱としての責任感が空回りし、別居・離婚へ
都内のIT企業に勤務するタカシさん(仮名・38歳)は、5年前に妻のミサコさん(仮名・33歳)と協議離婚し、当時わずか1歳だった長男のハルトくん(仮名)と離れて生活しています。
離婚のきっかけは、お金に対する考え方の違いです。タカシさんの当時の年収は約750万円。一方、育休中のミサコさんは収入が育児休業給付金のみの状態でした。タカシさんの収入のみでも十分に生活はできていました。
しかし、「子どもが小学校に上がるまでは自分の稼ぎのみで妻子を支えなければならない」という責任感から、タカシさんは家計のやりくりをめぐってミサコさんとたびたび対立するようになります。
ミサコさんから旅行の提案をされたとき、タカシさんは「ハルトがまだ小さいから周りに迷惑がかかると思うよ」と断りました。ハルトくんを知育教室に通わせたいと相談されたときは、「3歳くらいになってからでも遅くないんじゃない?」と難色を示しました。
こうした意見のすれ違いが積み重なり、顔を合わせるたびに言い争いをするように。ミサコさんはハルトくんを連れて実家に戻り、数か月の別居期間を経て離婚に至りました。
「顔も覚えていない子どもを会わせるのは不安」と面会を拒絶される
別居・離婚の当初はお互いに強い感情的対立があり、ミサコさんは「父親の顔も覚えていない幼い子どもを会わせるのは不安でいっぱい。子どもに精神的なストレスや悪影響がかかる」と頑なに主張し、直接の面会交流を拒否し続けていました。
離婚から5年が経ち、ハルトくんが6歳を迎えて小学校入学の時期が近づいた頃、タカシさんは「ひと目でも成長した息子の姿を見たい、子どもに寂しい思いをさせたくない、愛情を伝えたい」という気持ちから、家庭裁判所に面会交流調停を申し立てました。
しかし、約5年ぶりに顔を合わせた調停の場でもミサコさんの警戒心や不安感は払拭されず、「急に会わせたら子どもがパニックを起こすのではないか」「何を吹き込まれるかわからない」と激しい拒否感を示します。
そこで、話し合いを平行線で終わらせないために、裁判官と家庭裁判所調査官から提案されたのが「試行的面会交流」でした。
