(※写真はイメージです/PIXTA)
地元を捨てて東京へ
大学を卒業後、ジュンイチさんは地元の地方銀行に就職しました。堅実な職場でしたが、彼の中にあったのは「このままこの狭い世界で一生を終えるのか」という焦燥感でした。
特に地方特有の、近所や親戚、職場における濃密すぎる人間関係や、お互いのプライベートにまで踏み込んでくるようなつながりが、当時のジュンイチさんにとっては息苦しく、面倒で仕方がなかったといいます。東京行きを決めた当時、地方公務員として働く弟のユウトさんとは、こんな会話を交わしたそうです。
「こんな狭いところにいたら、一生会社の人間と近所の目に縛られて終わるぞ」とジュンイチさん。ユウトさんは「俺はこっちも悪くないと思うけどね」と冷ややかに返したといいます。
結局、31歳のときにジュンイチさんは周囲の反対を押し切って地銀を退職。東京のIT系ベンチャー企業への異業種転職を果たしました。
念願の東京生活は、期待以上に刺激的でした。最先端のトレンド、多様な価値観を持つ人々、そして自分の成果がダイレクトに評価され、月収60万円にまで上り詰めたキャリア。地方のしがらみから解放された都会での一人暮らしは、ジュンイチさんにとって自由そのものであり、最高に充実した日々でした。
46歳、人生の転機
しかし、上京から15年。ジュンイチさんが46歳を迎えたころ、大きな転機が訪れます。
不規則な生活や激務が祟ったのか、ジュンイチさんは病気を患い、休職を余儀なくされたのです。都会のマンションの一室で病床に伏せったとき、かつてない孤独感と、自分の人生の優先順位への疑問が頭をよぎりました。
そんな折、追い打ちをかけるように、地元で小さな家業を営んでいた父親が急逝します。父の葬儀のために、帰郷した実家。そこでジュンイチさんが目にしたのは、かつて「面倒だ」と切り捨てたはずの、地元の温かなつながりでした。近所の人々や父の古い友人たちが、自分のことのように死を悼み、残された家族を支えてくれる姿。そして、父が命を懸けて守ってきた家業の看板を前にしたとき、ジュンイチさんの心の中でなにかが静かに、しかし決定的に変わりました。
「今度は俺が、この場所を守る番じゃないか」
葬儀のあと、ジュンイチさんは弟のユウトさんに「ずっと地元に残って、親父とお袋を支えてくれていたお前には、苦労をかけたな」と詫びたそうです。ジュンイチさんは自身の病の経験から、自らの命の有限さを意識したことも背中を押し、東京でのキャリアに終止符を打ち、家業を継ぐために地元へ戻ることを決意したのです。