東京への憧れから上京する若者は多いものの、都会の生活コストは想像以上に重くのしかかります。総務省「小売物価統計調査」の消費者物価地域差指数(2024年)によると、総合指数が最も低い九州地方が98.0であるのに対し、東京都区部は104.9。両者には約7%もの物価差があり、東京都区部は全国平均を約5%も上回る水準となっています。たくさん稼いでも、東京では生活を維持するためのコストに消えてしまうのです。本記事では、一度は上京するも、再びUターン移住した男性の事例を紹介します。「地元に戻る」という選択の先にあったものとは。※事例の人物名はすべて仮名です。
「東京は楽しかった。でも、こっちのほうがいい」上京15年、父の急死を機に地元へ帰った〈元月収60万円の会社員・46歳兄〉の本音 (※写真はイメージです/PIXTA)

地元を捨てて東京へ

大学を卒業後、ジュンイチさんは地元の地方銀行に就職しました。堅実な職場でしたが、彼の中にあったのは「このままこの狭い世界で一生を終えるのか」という焦燥感でした。

 

特に地方特有の、近所や親戚、職場における濃密すぎる人間関係や、お互いのプライベートにまで踏み込んでくるようなつながりが、当時のジュンイチさんにとっては息苦しく、面倒で仕方がなかったといいます。東京行きを決めた当時、地方公務員として働く弟のユウトさんとは、こんな会話を交わしたそうです。

 

「こんな狭いところにいたら、一生会社の人間と近所の目に縛られて終わるぞ」とジュンイチさん。ユウトさんは「俺はこっちも悪くないと思うけどね」と冷ややかに返したといいます。

 

結局、31歳のときにジュンイチさんは周囲の反対を押し切って地銀を退職。東京のIT系ベンチャー企業への異業種転職を果たしました。

 

念願の東京生活は、期待以上に刺激的でした。最先端のトレンド、多様な価値観を持つ人々、そして自分の成果がダイレクトに評価され、月収60万円にまで上り詰めたキャリア。地方のしがらみから解放された都会での一人暮らしは、ジュンイチさんにとって自由そのものであり、最高に充実した日々でした。

46歳、人生の転機

しかし、上京から15年。ジュンイチさんが46歳を迎えたころ、大きな転機が訪れます。

 

不規則な生活や激務が祟ったのか、ジュンイチさんは病気を患い、休職を余儀なくされたのです。都会のマンションの一室で病床に伏せったとき、かつてない孤独感と、自分の人生の優先順位への疑問が頭をよぎりました。

 

そんな折、追い打ちをかけるように、地元で小さな家業を営んでいた父親が急逝します。父の葬儀のために、帰郷した実家。そこでジュンイチさんが目にしたのは、かつて「面倒だ」と切り捨てたはずの、地元の温かなつながりでした。近所の人々や父の古い友人たちが、自分のことのように死を悼み、残された家族を支えてくれる姿。そして、父が命を懸けて守ってきた家業の看板を前にしたとき、ジュンイチさんの心の中でなにかが静かに、しかし決定的に変わりました。

 

「今度は俺が、この場所を守る番じゃないか」

 

葬儀のあと、ジュンイチさんは弟のユウトさんに「ずっと地元に残って、親父とお袋を支えてくれていたお前には、苦労をかけたな」と詫びたそうです。ジュンイチさんは自身の病の経験から、自らの命の有限さを意識したことも背中を押し、東京でのキャリアに終止符を打ち、家業を継ぐために地元へ戻ることを決意したのです。